■□ LONG □■

□ 壱
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楽し気に笑う声が聞こえる。無邪気な子供の声と見目麗しい女の声。


朔日草 壱




薄暗い地下室。地下室の奥には石で囲まれた地下牢があり、牢内の明かり取りから月明かりが二人を照らしている。



「あっ!落ちてしもぅた。」

「せやな、せやったら次は一つ
減らしてみまひょか。」

「へぇ。」



再び、地下室に静かな唄と三つの御手玉が宙を舞う。其れを落とさぬよう、真剣に手を繰る幼子と愛しげにに見守る女。

……ふと、虚ろな目をした後、女が立ち上がった。



「あら、もうすぐ旦那はんに呼ばれはりますゎ。」

「お日さん沈んではるし、夕げの時間やありまへんやろか?」

「せやろか?ほな、行ってきますさかい、ちぃと待っといてな。」



女はそう言うと、くしゃりと子供の頭を撫で、地上へと階段を昇っていく。


一人になった子供は、地下室の隅から、己よりも大きな卓袱台を牢の中に引き摺っていく。


卓袱台を牢内の定位置まで運び、漆塗りの椀と朱塗りの箸を用意する。卓袱台の周りには、真新しいふかふかの座布団を二つ置いた。
更にもう一つ、真新しい座布団とお気に入りの草臥れた座布団を見比べ、お気に入りの座布団を手に取った。



「坊ってば、新しぃん使わんとまたこの古いおざぶ使いますのん?」

「お母はぁん!!」



いつの間にか食卓の準備をする為、お櫃のみを抱えた女が戻ってきていて、子供がどちらの座布団を選ぶのか見ていたようだ。


母に気付き飛び付いてきた子供を、優しく抱き止めてやる。嬉しそうな子供の先に用意された食卓を眺め、



「坊、此れ一人でやったん?」

「へぇ!わて、ちゃんと支度して待っとりましたぇ!」

「重いし大変どしたろ?ほんまにありがとさんどす。」



そう言って、もう一度抱き締めてくれた母に、子供は得意気に笑った。


母がお櫃からご飯を椀に盛っていると、盆に料理を載せた男が階段を降りてくる。



「なんや、二人とも楽しそうやな。わいも交ぜたってぇな?」

「旦那はん!」

「今日の食卓はアラシヤマが用意してくれはったんどすぇ。」

「ほんまか。お母はんの御手伝いして、アラ坊はえぇ子やなぁ。」



幼子は嬉しそう男の傍に走りよったが、少し離れたところで止まって席へと促した。其れを見た男は何事もないように子供を引寄せ、頭を撫でた。

子供は一瞬、過剰なまでの反応を返したが男の無事を確認すると母にしたように甘え始めた。




母の盛った飯と男の拵えた料理をつつく子供は、終始楽しそうに笑っていた。





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