十人十色
□ソリダスター : side T
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外は既に暗がりと化した。
それでも彼奴は帰ってこない。
ソリダスター : side T
「いっつ…」
「毎度毎度ご苦労な事だっちゃ。」
暗闇の中からフラりと人影が近付いてくる。少しばかり痛めているのかよろめいていた。
「何や、忍者はんやないの。こないな時間まで外に居ると罰則食らいますぇ?」
「其の台詞そのままお返しするっちゃ。」
夕食の時間も過ぎたと言うのに、こんだらずは帰って来なかったっちゃ。
「何言うて…」
「僕の報告次第でお前が罰則食らうっちゃよ?」
彼奴の前に言わずと知れたタイムカードを差し出す。定期的に回る責任者が管理し、書き込むので基本的に持ち歩くべきではない。
「チッ…あんたはんやったん?」
「お前が帰ってこないから、まだチェック付けてないっちゃよ。」
そう言って、彼奴のカードを遠目に見せる。因みに今日の責任者は僕。
「…ほんなら、規律違反者として報告したらえぇやん。」
「ふぅん。見逃して欲しいって言わないっちゃか?」
「言うたトコで、無駄どっしゃろ?あんたには何の利もないし、ハイリスクノーリターンっちゅう奴やないの。」
あぁ、可愛くない。
きっと聡過ぎるほど賢いのにこんな性格だからいつも一人なんだろうに…何でこんなにも気に掛かるんだろう?
「そんなの…お前次第だっちゃ。」
「はい?」
「別にお前だけが悪い訳じゃないっちゃろう?」
相手は…コイツに怪我とまでいかなくても傷付ける事が出来るのだから上級生だろうか?
「…塗っといたら良いっちゃ。」
「!?」
「返さなくて良いっちゃよ。」
手のひらサイズの飾り箱を投げてやる。密閉率が良くて意外に気に入ってたりする。
「何なん?」
「止血作用もあるっちゃけど、打ち身とか痣とかにも効くっちゃから…」
「これ、渡したらあかんのと違うん?」
「え…」
「これ、あんたんとこの秘薬言うもんやろ?大概そうゆうんは門外不出どっしゃろ?」
確かに此の薬は僕らの里の秘薬と呼ばれる物だっちゃけど、そこまで言い当てられるとは思わなかった。
「気持ちだけ受け取ったりますけど、そうゆうんは妄りに出したらあきまへんぇ。」
「…妄りに出した訳じゃないっちゃ!」
「トットリはん?」
「お前が…お前だから…。」
あぁ、珍しい…多分だけど狼狽してるんだろう。コイツのこんな顔見た事が無いかもしれない。
「あんた…何て顔してるん?」
「……」
「ひっどい顔してますぇ。」
珍しいのはお互い様みたいだっちゃね。手渡された手鏡に写るのは今にも泣きそうな、悲痛な顔。
「何で…?」
「?」
「何で一人で行くんだっちゃか?」
「…そんなん、足手纏いやないの。」
眼を合わせようとしない。多分何かを隠しているのだろう。
「迷惑って事だっちゃか?」
「……そうどすな。」
間が長い。少しニュアンスが違うのかもしれない。言葉に嫌悪感とは違った、言うなれば諦めに近い感情が混ざってる気がする。
…まさか、無意識とはいえ忍としてのノウハウが同期生と話す時に使われるとは思わなかったっちゃけど、素直に口にするとは思わないから仕方ないっちゃね。
「相手は?」
「…数はざっくり10人前後。詳しくは明日の犠牲者として知られると思いますけど?」
「つまり、保健室送りって事だっちゃね。」
保健室に近付けばドクターの魔の手に掛かると、危険だと知りながらも、あまり警戒してる様子が無いのは何故だろう?
確かに腕は確かだけど、危険である事には変わり無いのに…
「どうして誰かに相談しないっちゃか?助けを求めるとか、頼るとか…」
「誰かって誰に?」
「!?」
彼奴の纏う空気が変わった。同時に狼狽した視線が、冷たく鋭い眼光に変わる。
「あんたはんが気にする事と違います。」
「アラ…シ…ヤマ…」
「俺はあんたと違うんや。」
先程とはまるで違う。例えるなら『完全なる拒絶』ってとこだろうか…
「俺にはあんたみたいにへらへら繕うた顔で、ワンコみたいな態度出来ひんのや。」
「そんな事してな…」
「あんた、どないして鋭い牙も爪もある癖に無い振りしとるん?」
そんな風に言われた事、
誰にも気付かれた事無かったのに。
「俺に…わてに構わんといておくれやす。」
「……」
「心配してくれたんはおおきに。ほんでも、必要無いから気にせんといてな。」
凍り付きそうなまでに冷たく暗い瞳はそのままに、溢れんばかりの自信に釣り合わない自嘲するような声。
「……っちゃ…」
「何か言うた?」
「嫌だっちゃ。お前が厭がっても干渉してやるっちゃ!」
僕は何を言ってるんだろう?
自分の口の筈なのに言う事を聞かない。
「何なん、あんた。わては嫌やって言うとるのになして…」
「好きだっちゃから。だから、独りで戦わなくても…頼ってくれればいいっちゃろう?」
そうか…
コイツが気になる理由はそれだったっちゃね。
「好き…?」
「そうだっちゃ。」
「冗談なんどっしゃろ?それとも罰ゲームがなんか…」
「違うっちゃ!僕ぁ、本気でお前の事が…!」
「う、嘘や!トットリはんわてん事嫌いなんと違うん?いつもわてん事見とるけど、目ぇ合うと睨みはるやんか。」
「!?」
まさか、好きな相手に嫌われてると思われてるなんて…
「…いつも見てる?」
「へぇ。」
「無意識だっちゃ。」
「……」
「自分でも気付かない内にお前の事見てて…嫌いなんだと思ってたのに……好きだなんて気付かなかったんだっちゃ。」
よく目は合うと思ってた。どうしたら良いか判らなくて反らしたりしてたけど。
「…トットリはん、此れはおふざけとは違うんやな?」
「僕ぁ、本気で…」
「そんなら、わても真面目にお返事せなあきまへんな。」
警戒を解いたのだろうか、刺々しい空気が無くなった。
「アラシヤマ?」
「すんまへん。」
世界が止まる。
彼奴は今、何て言った?
「やっぱし、気持ち悪いっちゃよね?男が男に恋愛感情を抱くなんて…。」
「それは、関係あらへん!別に好き合うとったら別に問題ないと思います。」
「それなら、アラシヤマ、お前は僕の事が嫌いだっちゃか?」
「き、嫌いと違います!」
どうしよう…きっと声が裏返ってる。さっきよりも酷い顔してるかもしれない。
「なら…」
「わて、よう判らへんのや。好きとかそうゆうん。」
「判らない…?」
「へぇ。家族とか友達とか物に対しての好きやったら多分判るんやけど…恋愛?恋人?とかの好きってよう判らんのどす。」
僕がどうとかそれ以前の話って事だっちゃね。
「お前、家族や友達(居なさそうだけど)以外に好きな人とか居ないっちゃか?」
「…居りまへんな。」
恋愛感情を知らない。
ソイツ相手に僕はどうしたらいいんだろう…?
「微妙な振られ方だっちゃ。」
「…すんまへん。」
「理由も納得いかないっちゃけど、仕方ないとも思えるっちゃ。」
「ゔっ……」
「変なとこ不器用だっちゃね。」
「…あ、あの…お、お友達言うんはどうやろか?」
言う事にかいてお友達って…
僕の反応を伺いつつ百面相のようになってるのが可愛いだなんて、そろそろ危ないかもしれないっちゃね。
「嫌だっちゃ!」
「……!?」
「お前とお友達なんて絶対に御免だっちゃ!」
僕の言葉に顕著に反応するのが面白くて、少しだけ苛虐心が疼いてくる。
「…ぁ、ぅ…そう、どすか。」
「そうだっちゃ。お友達にはなりたくないっちゃ。」
僕がなりたいのは友達じゃなくて、恋人。友達になってしまったらその先には進まなそうな気がするからお断りだっちゃ。
「アラシヤマ。」
「へ、へぇ!?」
「僕はお前が大好きだっちゃ。でも、僕を好きでないお前は嫌いだっちゃ。」
これが僕なりの対処案。
あっとゆう間に顔に陰りが見える。
「わかるっちゃか?」
「…嫌いって事どっしやろ?」
「間違いだっちゃ。」
「?」
「大好きだから嫌いなんだっちゃよ♪」
ほら、理詰めの頭には難しくて理解出来ない。
「それって、どうゆう…」
「そんなの自分で考えるっちゃよ。とりあえず今は、何時も通りでいいっちゃ。」
「…わからんけど、わかりましたぇ。」
「あ、今度から無理しないで頼ってくれても良いっちゃよ?」
「…頼るて、それで何か変わるん?」
刺々しいのに戻りつつあるけど、まだ優しい目のまんま。諦めに期待が交ざったみたいになってきた。
「出来る範囲で助けてやるっちゃよ。」
「……?」
「とりあえず今日は、その薬をあげるっちゃ。」
「…怒られますぇ?」
「それと、もう一つ。これに丸付けといてやるっちゃ。」
取り出すは会話の原点、タイムカード。実は既に本来押すべき時刻に打刻済み。
「これ…」
「お前が帰って来ない理由、知ってたっちゃから。」
元から嫌みを言って、頼らせようと思ってた。それもある意味良い方向に転んだのかも知れない。
「これで、お前は罰則を受けなくて良くなったっちゃろう?」
「こんなんバレたら…」
さっきのもだけど、言外に隠れてたのは『迷惑を掛けたない』だったっちゃね…
「お前が内緒にしてくれたら良いっちゃよ♪」
「内緒?」
タイムカードを取り消す事なんか出来ない。今話してる内容も…
「いいっちゃろう?」
訊ねる形を取るも答えは一つ、頷くしかない。此れが僕の罠だなんて知りもしないで…
「…そうどすな。」
「今日の事は二人の秘密だっちゃよ。でなきゃ、今ここに居るのも規則違反だっちゃから二人とも怒られるっちゃからね。」
「わかっとります。」
内緒。秘密。
そう言った秘め事を共有するのは距離を縮める第一歩。
今は此れで良い。
僕の事を、僕の好意を認識しただけで十分。
後は時間を掛けてでも、振り向かせれば…
fin.
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