エゴイストの心臓

□とお
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貴方は私をご存知ないでしょう。
私は恋をしています。
名も知らぬ貴方に、恋をしていました。

貴方を見かけたのは電車の中でした。
私が使っている電車、3駅目に貴方は乗り込んで来られる。前から2両目、あまり込んでいないのにかかわらず立ったまま、ピンと背筋を伸ばし凛とした眼で窓の外を見ている。その朝日に照らされる横顔がとても綺麗で、眠気なんて吹っ飛んでしまうくらいで。
無遠慮とは思いつつ、ついつい目が貴方をみつめてしまうのです。たったひと駅分だけしか、私は貴方を見れない。何度降りる駅を乗りすぎて、貴方を見続けていたいと思ったかしれません。

けれどある日から、貴方を見かけなくなった。何があったのか解らなかった、毎日毎日そわそわして、貴方の横顔の面影を思い返していました。
そのまま半年が過ぎて、一昨日のことです。
馴染みのない街の写真館で、貴方の写真を見かけました。
結婚なさったのですね。白いウェディングドレス、男性の隣に立った貴方は美しかった。貴女はとても素敵に笑っていた。
何かがとてもショックだった。後から後から涙がこぼれて、どうして、そして思い当りました。

きっと私は貴方に恋をしていたのだと。
焦がれを恋を云うのなら、貴方に恋をしていたのだと。

けれどああ聞いてください、何も知らぬ者にこのようなことを思われて、さぞや気味の悪いことと思われます、女である私が、女である貴方に恋など。
けれどけれど。
貴方を思ったのはまぎれのない事実なのです。迷惑でしょう、あまりに自己満足が過ぎること。とはいえ伝えぬことには私が収まらぬところまで来てしまったのです。そしてまたそれとは別に、伝えたいこともできてしまった。

毎日毎日持ち歩くことにします、この手紙をお読み頂いたということはきっと会えたのでしょう。
その時の私はきっと幸福。


貴方を好きだった。稚拙な恋で、尊い憧れでした。


人を思うということについて:一編

「どうぞお仕合せに。」


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