「誕生日プレゼントに、彼氏から黄色いチューリップなんて、ありえないって思わなぁい?」



穏やかな陽射しが降り注ぎ、ポカポカと暖かい昼休み

貴重な睡眠時間のまどろみの中、近くで喋っている女子たちの会話で目を覚ました阿部は、机にふせている“寝る体勢”のまま、チッと舌打ちをした


「マジでぇ?ありえなーい」という声と同時に「なんで?何がダメなの?」と疑問の声も聞こえてくる

正直、「うるせぇな」と一言怒鳴ってやりたい気持ちになったが、以前聞かされた『ささいな事だろうと、問題を起こして野球部の評判を落とすな』という、気疲れした主将が言った、部員全員に対する注意と、『女子は敵に回すと後で厄介だから、仲良くが無理でも、せめて不機嫌な対応はしない方が良いよ』という水谷の言葉を思い出し、何とか耐える事にする

例え頭ん中のネジが緩んだヤツだろうと、水谷の言葉は一理あるからだ


(相手をするだけ損だ。ウッセーけど、やっぱ無視するしかねぇな)


女子達の会話を意味の無い雑音と処理して、今日の部活のメニューを思い返していた阿部は、雑音の中に不意に出た“ある言葉”を聞き取ってしまい、思わずピクリと反応してしまった


「黄色いチューリップの花言葉はね、“叶わぬ恋”なんだよ。好きな人や恋人にあげるもんじゃないよ」


(叶わぬ、恋……)


その言葉は阿部の想いにピッタリの言葉だった

バッテリーの相棒である三橋の顔を思い出し、机にふせたまま、腕の中へとため息をこぼす


三橋は男だ
もちろん阿部も

二人はチームメイトでバッテリーで、甲子園に行って全国制覇をする為に、全てを野球に捧げている毎日を送っている

そんな中で、阿部は三橋に対して“叶わぬ恋”をしていた



多くは望まない

ただバッテリーとして側にいられたら、それだけで良い
三橋の信頼だけは裏切れない


それは解っているし、阿部だって、今の日常を壊したくない

しかし…

自分自身すら偽る事が出来ない“心からの愛情”が、日々溢れそうになって止める事すら苦しくなる

だから、全てではなくても、そのカケラだけでも伝えたい……


阿部の恋は、そんな苦悩の恋だった








昨日からテスト週間に入った為、部活のない今日


5月17日


阿部は三橋を引き連れて、一緒に自転車をこいでいた




三橋の誕生日でもある今日は、去年同様集まって、皆で誕生日を祝おうという話もあがっていた
しかしそれに参加したいと言ってきた三橋の母親の都合がつかず、前祝いとして昨日、野球部の皆と共に盛大に祝ったのだった

その時、阿部は三橋に「明日は誕生日祝いにマンツーマンでおまえの数学見てやる。放課後教室に迎えに行くから逃げんなよ。」言って、何とか今日の約束を取り付けた

周りから“それプレゼントじゃねぇよ。可哀相に”というあからさまな目線を向けられた事に、嫌でも気付いたが、そもそも赤点だった時に困るのは三橋自身だ
全教科苦手な三橋の、特に苦手な数学なんだから、結果としては三橋の為になる

だが、三橋の家から帰る時、数名の仲間から「誕生日に泣かすなよ」と釘を刺された時は、蒼い顔でコクコクとうなづく三橋を思い出し、正直辞めれば良かったかと思ったりもした

それでも、好きなヤツの誕生日を、自分が特別に祝ってやりたかったし、どうしてもやりたいモンが出来たから引き下がれなかった


そして、いろんな意味でドキドキしながら、阿部は三橋の誕生日当日を迎えたのだった


“野球以外でも一緒にいてやりたい
三橋が望むなら一生尽くしてやりたい”

一番与えたいと願うその想いは、この恋が叶った時に、ようやく阿部が三橋にあげられるモノだ

もちろん、そんな日は来ないだろうし、今日三橋が望むのは、“勉強の頭休めにキャッチボールの相手になって欲しい”くらいなのも解っている

それでも、実際に口に出来ないなら、せめてこんな形で“気持ちのカケラ”を渡すくらい、許されるのではないか

数日前にそう思ってしまったら、もう止められなかった



だから、阿部は帰り支度を済ませ、急いで三橋を教室まで迎えに行くと、「悪ぃけど、先にちょっと付き合ってくれねぇか?」と早々に言ってしまったのだった



そして今、阿部は三橋を連れて、ひたすら自転車を走らせていた

ずっと無言のまま会話もなく、もちろん何を話して良いのかも判らない

ただただ前を見つめて、三橋が着いて来ている事を背中で感じようとするだけ

そんな焦りと緊張の中、阿部は必死にペダルをこいだ

伝えられない
伝えてはいけない

それでも
伝わって欲しい

そんな想いを乗せて…







着いた場所は高台にある公園

その入口に自転車を停めた阿部は、三橋も同じ様に自転車を停めた事を確認すると、公園の中へと進んで行った

そのまま無言で歩いていると、三橋が声をかけてきた


「あ、阿部くん。付き合うのって、ここ…?もしか、してキャッチボール…するのか?」


その問い掛けに、ようやく何も伝えていなかった事に気付いた阿部は「あっ…」と声をあげた


「…悪りぃ。それとは違って…、あの…ちょっとお前に渡したいモンがあるんだ」


「渡したい…もの?」


何だろう…と不安げな表情を浮かべ、三橋はコトリと首を傾げた

その無防備な仕種に、ドキリと鼓動が跳ねた阿部は、速くなった鼓動に焦りながら「だから、ここで少しだけ待っててくんねぇか?すぐ戻るから!」と、三橋に早口で伝えた

しかし、その早さについて来れないのか、ほとんど理解出来ていない様子の三橋は、パクパクと口を開くだけで、結局、阿部は彼の返答を待たずに「そこにいろよ!」と念を押し、公園の外へと走り出してしまった


残された三橋は困惑げに阿部を呼んだが、その小さな呼び掛けは、残念ながら阿部には届かなかった





   
 

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