“好きな人がくれるプレゼントだったら、それがどんな物でも嬉しいんだってば…だって可能性を感じるじゃん”




穏やかな陽射しが降り注ぎ、ポカポカと暖かい昼休み

貴重な睡眠時間のまどろみの中、近くで喋っている女子たちの会話がふと耳に入り、三橋は目を覚ました

「エーッ」という複数の否定の声が響き、「物にもよるよ」 「値段だって大事じゃない?」と会話が続く

「相手が自分をどれだけ思ってくれているかって、プレゼントの値段にカンケーするって!」

“値段は大事”と言った女子のその発言に、再び否定の声が上がるが、「だって、どんなに嬉しくても、チロル2個じゃ、良くて“友達”止まりだよ」と言われた途端、返す言葉が無かったのか反論の声は聞こえなくなった



(俺は、チロル 嬉しい)


もし彼がくれるのならば、もったいなくて食べられないかもしれない

でも食べないのも嫌だから、せめて中身は食べて、その包装紙を大事にとっておこう

例えチロルじゃなくても、彼がくれるなら、その辺に落ちている石ころだって、まるで宝石の様に感じるはずだ

宝石なんか持ってないけど…


そんな事を考えながら、バッテリーの相棒である阿部の顔を思い出すだけで、自分の顔が赤くなるのを感じてしまい、机にふせた“寝る体勢”のまま、腕の中へと顔を隠す


阿部は男だ
もちろん三橋も

二人はチームメイトでバッテリーで、甲子園に行って全国制覇をする為に、全てを野球に捧げている毎日を送っている

そんな中で、三橋は阿部に対して“叶わぬ恋”をしていた



多くは望まない

ただバッテリーとして側にいられたら、それだけで良い


三橋の恋は、そんな諦めの恋だった









昨日からテスト週間に入った為、部活のない今日


5月17日


三橋は阿部に連れられて、自転車をこいでいた




三橋の誕生日でもある今日は、去年同様、皆で誕生日を祝おうという話もあがっていた
しかしそれに参加したがった母親の都合で、前祝いとして昨日、野球部の皆と母親から盛大に祝ってもらったのだ

その時、阿部に「明日は誕生日祝いにマンツーマンでおまえの数学見てやる。放課後教室に迎えに行くから逃げんなよ。」と言われた三橋は、周りから“それプレゼントじゃねぇよ。可哀相に”という目を向けられながら、それに気付かずに蒼い顔でコクコクとうなづいた

そして、いろんな意味でドキドキしながら誕生日当日を迎えたのだった


例え嫌いな勉強をするんだとしても、誕生日を好きな人と二人で過ごせるなら、それは凄く幸せだ

野球以外でも一緒にいれるなんて、それこそ神様がくれた…いや、阿部がくれる最高のプレゼントだ

それに、もしかしたら頭休めにキャッチボールくらいなら、相手をしてもらえるかもしれないし…


そう思いながら今日を過ごし、帰り支度を済ませて教室で待っていた三橋に、阿部は迎えに来る早々「悪ぃけど、先にちょっと付き合ってくれねぇか?」と言って来たのだった



そして今、前を行く阿部に着いていく形で、三橋は来た事のない道をひたすら自転車を走らせていた

ずっと無言のまま会話もなく、もちろんどこに行くのかも分からない

ただただ前を行く阿部の背中を見続けるだけ

だから三橋は“好き”という気持ちを心の内に隠す事なく、阿部の背中を見つめていた


伝えられない
伝えてはいけない
そんな想いを乗せて…








着いた場所は高台にある公園

そこの入口に自転車を止めた阿部は、しかし公園には入らずに、その脇の道を「こっち」と言って進んで行く

緩やかな坂になった砂利道を、また二人無言のまま歩いて行った

そして開けた場所に見えたのは
ただの畑だった


緑色の葉っぱばかりの植物には、いずれ何かの野菜が実るのだろう

その中を迷いもなく進んで行く阿部に、驚いた三橋は、ようやく声をかけた


「あ、阿部くん。どこに、行くんだ?」


その問い掛けに、ようやく何も伝えていなかった事に気付いたのか「あっ…」と阿部は声をあげた


「…悪りぃ。この向こうだから。お前に…見せたいものが、あるんだ」


阿部は珍しく躊躇いがちにそう告げると、それ以上は口を閉ざし、そのまま前に進んで行った


(見せたい…もの?)


何だろう…と浮かんだ疑問はあえて三橋も口にしなかった


緑の葉っぱを抜け、ようやく着いた場所

少し下に小川が流れるその周りには、三橋でも簡単に名前が判る、小さく黄色い花がたくさん咲いていた


「タン…ポポ?」


その名前を声に出すと、阿部は決まりが悪そうに「ああ…」と肯定の言葉を言った


「…こんな、たくさん咲いてるのって、他じゃ見ねぇし。…まぁ、ここに咲いてるのはセイヨウタンポポで、外来種だから、今頃でも普通に、たくさん咲いてるし…」


しかめっ面のままの阿部が言っている内容は、正直、後半よく解らなかったが、そんな事は三橋にとってどうでも良かった


「…俺に、“見せたいもの”って……、コレ?」


三橋の問いに、阿部は更に眉間のシワを深くし、「ああ…」と再び肯定した


「誕生日…だろ。だから俺から何か、やりたくて…。いろいろ考えたんだけど、昨日、他の奴らと一緒にプレゼントしたモンと、変わらねぇモンしか思い浮かばないし…。マジで金なんか、これっぽっちもかかってねぇけど、コレって…お前みたいだなぁ…って思ったから、何となく見せてやりたくて…」


そう言うと「わざわざこんな所まで、悪かったな…」と、申し訳なさ気に笑って見せた

そして、足元にしゃがむと、ゆっくり手を伸ばしてタンポポを一つ摘んだ

それを手にしたまま立ち上がり、阿部はこちらを向かないまま「こんなモンしかやれねぇけど……、誕生日、おめでとう」と、照れた様子で、その花を三橋に差し出した


その時ふと、昔、母親から聞いた言葉を三橋は思い出した



“貧乏だった頃にね、お父さんがお母さんにくれたの。タンポポをたくさん集めて作った花束。お金なんかかかってないけど、それにはお父さんの気持ちがいっぱい詰まってた。プレゼントってね、物自体だけでなく、気持ちを受け取るものなんだなぁ…て、その時に思ったわ。ねぇ…廉。知ってる?お花にはね、『花言葉』っていうものがあってね。タンポポにもあるの。それはね…”



タンポポが三橋みたいと言ってくれた阿部


そんな阿部からコレを受け取っても良いのだろうか…


でも、阿部はきっと花言葉なんか知らない

なら、今だけでも…
例え阿部の気持ちが、この花の花言葉と同じでなくても……

阿部がタンポポを三橋と言うなら、三橋の抱いているこの気持ちは、綺麗なものでいても良いはずだ



そっと手を伸ばす



そして、受け取った小さく黄色い花に、三橋はまるでタンポポの様な、はにかんだ笑顔を浮かべた のだった








    たんぽぽ

   『真心の愛』

    

5.17
HAPPY BIRTHDAY 三橋♪




End
  

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