お兄ちゃんといっしょ。(仮)

□ツイノベ再録詰め合わせ
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【嫉妬の日】@さのちづちびっこ編

 ある日、千鶴が子猫を拾ってきた。

「ねこさん。にゃーにゃさんはやくげんきになってね」

 小さな手が未だ震える小さな体をそっと撫でる。

「千鶴。飼ってやれねえんだからあんまり触んじゃねえぞ?」

「ちがうもん!にゃーにゃさんはちづとずっといっしょなの!」

 千鶴は膝の上の子猫を庇うように背中を丸める。

「でも千鶴だって幼稚園行くし全部の面倒見れねえだろ?」

「だけどいっしょなの!」

 いつもなら味方である筈の左之助が口にする大人の言葉に千鶴の瞳が潤む。

「にぃになんでいじわるゆうの? ちるるとにゃーにゃさんはおともだちなの! ばいばいいやなの!」

 ぽろぽろと涙を零しながら力の強い眼差しを千鶴は左之助に向ける。

 そんな千鶴を子猫ごと抱き上げ左之助は溜め息を吐いた。

「意地悪じゃねえよ。でもよ」

 なんか面白くねえんだよ、と左之助はごちる。

 千鶴の気持ちの全ては自分に向いていないと嫌だ、と左之助は苛立ちを隠さない。

 しかし不意に左之助の腕にかかる重みが変わる。

 見れば千鶴が左之助の腕の中で涙に濡れた顔のまま寝息を立てていた。

「お前は俺だけ見てればいいんだよ、千鶴」

 なあ? と向けた左之助の視線の先にいる子猫は不思議そうに首を傾げるだけだった。


【END】


【ウインクの日】さのちづ@ちびっこ

食事を済ませ左之助が風呂から出てくると、千鶴がリビングで歌番組を見ているのに気付く。

「千鶴ー、夜更かしダメだぞー」

 だが画面に夢中の千鶴の耳に左之助の声は届かない。

 今画面に映っているのは人気の男性アイドルグループで、千鶴は彼らの歌い踊る様を食い入るように見つめている。

「千鶴もああいう奴らが好みなのかよ…」

 やや愚痴めいた呟きを左之助が洩らした時、ちょうど曲が終わったらしく千鶴がくるりと振り返る。

「にぃにーっ!」

 どーん、と言いながら千鶴が左之助の脚に体当たりするようにしがみつき、自分を見ろと言うように彼のズボンを引く。

「にぃにちづかわい?」

 答えの決まりきっている問いに頷きを返そうとすると、何故か千鶴は両目を瞑っている。

 表情は笑顔のままで。

「ぱちん!」

 口で擬音を付けながら目を開けては閉じるを繰り返す千鶴に、左之助はそっと尋ねる。

「千鶴…何してる?」

「あのねういんく! てれびのおにいさんとかおねえさんがやってたの!」

 それを聞いた左之助は小さな身体を抱き上げると目線を合わせて

「ウインクってのはこうやるんだよ」

 見事なウインクを目の前で見せられて真っ赤になった千鶴の顔を、左之助は開けた方の瞳で愉しげに見つめた。


【END】


【雪と桜と】さのちづ@ちびっこ

「にぃにー、おっきしてー。おそときれいなのー」

「…千鶴?何が綺麗だって?」

 寝起きの耳に外から自分を呼ぶ声がして左之助はベッドから出る。

 窓に近付いてカーテンを引き外を見ると空からそろそろ季節外れに思える白いものが幾つも絶え間なく落ちてきていた。

「にぃにーっ!」

 左之助の姿に気付いた真っ白なフード付きのコートを纏った千鶴が庭を走りながら彼に手を振る。

「しろいゆきとピンクのゆきー」

 見れば庭にある桜も雪に負けじと淡い色合いの花片を降らせていて千鶴はそれを追いかけているようだった。

「千鶴! 俺が行くまでひと休み!」

 窓を開けて怒鳴った左之助は急いで身支度を整え庭に向かうのだった。


「にぃにーっ!」

 リビングから庭に出ようとした左之助に気付いた千鶴が駆け寄ってくる。

 だが左之助まで後3歩というところで千鶴は思い切り転んだ。

「ふぇ…」

 起き上がった千鶴の白いコートの前面は泥で酷く汚れて千鶴は堪えきれず涙をぽろぽろと零す。

「ちゃんとクリーニング出せば綺麗になるから泣くなって」

 慰めるように左之助が千鶴を抱き上げぎゅっと抱きしめると何があったのか千鶴はますます大泣きする。

 どこか痛めたのかと左之助が問うと。

「にぃにのおようふくよごしちゃった…」

 自分より左之助を気遣って千鶴は泣いたのだった。

 その様子に左之助は笑みを一つ浮かべると千鶴の頬に顔を寄せちゅっと音を立ててから唇を離す。

「涙、止まったな?」

「…うん」

 何が起きたのかも判らないまま千鶴は左之助の問いに頷く。

 唯一判るのは冷えた頬に一ヶ所だけ温もりがあることだった。


【END】

【憧憬のキス】さのちづ@お兄ちゃんと千鶴ちゃん編

 そろそろ左之助の帰宅時間が近付いて千鶴は門の外で彼の姿が見えるのを待つ。

 家の中で待つように言われているがどうしても待ちきれず天気のいい日は外に出てしまう千鶴だ。

 そして今日も少しずつ色の変わり始めた空の下をこちらに向かって歩いてくるシルエットが見える。

 軽く上げられた手に千鶴は呼ばれたように走り出して。

「お兄ちゃんお帰りなさい!」

「おう、ただいま」

 自分の腕にまとわりつくのは小さな頃から変わらないと左之助が目を細めると千鶴は不思議そうな表情で彼を見上げる。

「何かおかしいところ、ある?」

「いや、いつも通り千鶴は可愛いって。そうじゃなくて相変わらず嬉しそうに出迎えてくれるなって思ってよ」

「それは当たり前だよお兄ちゃん。お兄ちゃんのお出迎えは私の一番の贅沢だもん」

 ちょっと自慢気に言って笑う千鶴の笑顔が左之助を刺激する。

 ほんの少し肩を抱き寄せられ千鶴の視界が左之助でいっぱいになって思わず目を瞑ってしまうと瞼に柔らかい温もりが触れた。

 驚きに声の無い千鶴に左之助は艶めいた笑みを返して。

「千鶴のそういうところ、凄いって思うぜ」


【END】


【憧憬のキス】さのちづ@ちびっこ

 ある日の昼下がり。

 昼寝から覚めた千鶴が一人ベッドの上で起き上がる。

 隣では珍しく左之助が熟睡していて千鶴が目覚めたことにも気付いていない。

「にぃに…?」

 そっと声をかけてみたけれど反応の無い左之助を見て千鶴は彼に顔を近付けた。

 小さな手で左之助の頬を包むと千鶴は彼の瞼に唇を寄せる。

 それは普段左之助に与えられている温もりを自分でも試してみたいという好奇心。

「にぃにやさしいからだいすきです」

 自分をとても大切にしてくれる左之助に対して千鶴が抱く好きはその存在への憧れが強い。

 今はそのくらいがちょうどいいと左之助自身が仕向けているから。

 それとは知らない千鶴がもう一度左之助の瞼に唇を触れさせると擽ったそうに睫毛を震わせて左之助の目が開く。

「今日はお姫様に起こされちまったな」

 微笑む左之助の瞳には頬を真っ赤にしている千鶴の顔が映っていた。


【END】
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