お兄ちゃんといっしょ。(仮)

□たからものひとつ。
1ページ/4ページ

 高校の卒業式も済み大学の入学式まで時間に余裕のある左之助は、今まで以上に熱心に千鶴の幼稚園の送り迎えをしている。

 大学が始まってしまえばこうした時間もなかなか取れなくなるから、それができるうちにというのが左之助の考えだった。

 勿論、時間が合う時はこれからも自分が来る気でいるけれど。

 そして、今日も今日とて左之助は千鶴の退園時間に合わせて、幼稚園の門の前で千鶴を待つ。

 年齢より大人びた風貌と雰囲気を持つ左之助に他の園児の母親の視線が幾つも向けられるけれど、彼がそれを気に留めることはない。



 程無くして園舎から、幾つもの帰りの挨拶が聞こえてくる。

 そこから少し待てば、千鶴の左之助を呼ぶ声が響いてくるから、それを耳にした左之助の表情が柔らかな笑みに変わる。

 当然のことだが、左之助は他人にそんな自分の表情を見せる気はない。

「にぃにただいまーっ!」

 こちらに向かって走ってきた小さな身体は、その勢いのままに左之助の脚に抱きつく。

 それをよろけることなく受け止め、左之助は千鶴の両脇の下に手を入れてそのまま軽々と抱き上げる。

「せんせー、さよーならー」

 見送りに出てきた教諭たちに高い位置から千鶴が手を振り、一通りそれが済んだところで左之助はゆっくりと歩き出すのだった。



「にぃに、ちづもあるくー。にぃにとててつなぐー」

 左之助の片腕に座るように抱かれた千鶴は、彼の首辺りにしがみつきながら、そう訴える。

「なんだ? 千鶴は抱っこ嫌いか?」

「きらいじゃないけど……。ちづおもいでしょ?にぃにおてていたくなったらこまるの……。だからててつないであるくの……」

 恥ずかしそうな千鶴の言葉だけれど、半分以上は左之助への気遣いで、それを聞いた左之助が小さく笑う。

「千鶴は軽いから心配すんな。それに、千鶴のことこうすんの楽しみなんだぜ? だからそんなこと気にしないでいいんだよ、千鶴は」

 そう言って左之助は空いている方の手を持ち上げて、千鶴の柔らかな頬を人差し指の先で軽くつつく。

「あのね、ほんとはね、ちづるもにぃにのだっこだいすきっ!」

 左之助の言葉に安堵したのか、千鶴は頬擦りをするように左之助にぴたりと顔をつけた。

 子供特有の温もりを感じ表情を和らげながら、左之助は千鶴に声をかける。

「千鶴、明日は早起きな」

 唐突なその言葉は、千鶴を驚かせる。

 幼稚園が休みの土曜日は寝坊しても許される日だから、そんな日に早起きをするように言われて、千鶴は大きな瞳を零れ落ちそうな程に見開いていた。

「千鶴、先月バレンタインでチョコくれただろ? 明日はホワイトデーで、そのお返しする日なんだよ。だから早起きしてお出かけ連れてってやる」

「どこいくの? ぞうさんのこうえん?」

 千鶴は家から歩いて5分程の距離のところにある公園を挙げるが、左之助はそれを一笑に付す。

「わざわざ早起きしなくても、あそこは散歩でいつでも行けるだろ。そうじゃなくて、可愛い服着てなドライブ行こうぜ」

「ちるるそれしってるよ! でーとっていうの!」

「そうだ、明日の千鶴は俺とデートするんだ。だから、今夜は早く寝るんだぞ」

 自分の腕の上ではしゃぐ千鶴に、左之助はしっかり言い聞かせて。

「うん! きょうはいいこではやくねるね!」

 抱きついてくる小さな手の感触に口元を緩めながら、左之助は千鶴と共にのんびりと帰宅するのだった。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ