お兄ちゃんといっしょ。(仮)
□sweet すいーと
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「あー、終わったー」
日曜の午後、その日のノルマにしている勉強のテキストを閉じると椅子の背凭れに背中を預けて、左之助は思い切り身体を伸ばす。
「にぃに、おべんきょうおしまい?」
「おう、今日の分は終わったぞ」
左之助のベッドの上で絵本を読んでいた千鶴が問いかけると、左之助は机から離れてベッドの縁に座り千鶴を自分の膝の上に乗せる。
「千鶴、頑張ったご褒美くれよ」
左之助が笑いながら千鶴の顔を覗き込むと、千鶴は左之助の膝の上に立ち、彼の頭に手を伸ばす。
「にぃに、いっぱいがんばって、いいこです」
その後は左之助の首にしがみついて、すりすりとお互いの頬を擦り合わせる。
それが、左之助の言うご褒美、だ。
「千鶴も、にぃにの傍で静かにしてられたから、ご褒美な」
そう言って左之助は、すぐ目の前にあるふっくらとした桜色の頬に、音を立ててキスをした。
それが嬉しいのか、千鶴はますます強く左之助に抱きつく。
それを苦もなく受け止めて、左之助は自分の首にぶら下がるように抱きついている千鶴に話しかける。
「今日は、何の絵本読んでたんだ?」
千鶴が読み終えたらしい数冊の絵本に目を向けながら問うた左之助だったが、今日に限ってはそれは口にしない方がいい言葉だった。
「あのね、にぃに。ちづねおにわでおいもさんやきたいです!」
左之助の問いと噛み合わない答えが戻ってきて、絵本の表紙を流し見しながら焼き芋……と小さく呟く。
どうやら焚き火か何かで芋を焼くエピソードでも出てきたらしいと推測はできるが、このおねだりはハードルが高い。
「なあ、千鶴? 庭で芋を焼くっていうのは」
「ちゃいろいはっぱいっぱいおやまにして、そこにおいもさんポイってするとできるの!」
「あー、まあ理屈は、な。けどな、俺たちの家の庭に芋焼ける程、葉っぱ落ちてるか?」
左之助は千鶴を首にぶら下げたままベッドから立ち上がり、窓に向かって歩いて行く。
サッシを開けてベランダに出て庭を見下ろしながら、左之助は焚き火に適した落ち葉が無いと千鶴に言う。
けれど千鶴はどうしても庭で焼き芋をやりたいらしく、左之助の言葉を聞こうとしない。
「やぁです、ちるるはにぃにとおにわでおいもさんやくのぉ」
左之助にぶら下がったまま、千鶴はぐずり出してしまう。
「にぃにー、おいもー」
えぐえぐと泣き出す千鶴に、左之助は困ったように息を吐く。
「判った千鶴。やり方調べるから! 庭で焼き芋できるように調べてやるから、もう泣くな」
お前の泣き顔に弱いんだ、と内心で続けて左之助は千鶴をぎゅっと抱き締める。
「葉っぱの焚き火でできるかは判んねえけど、庭で焼き芋はできるように頑張るから、それで我慢してくれるか?」
「……うん」
「じゃあ、顔綺麗にしようぜ」
机の脇に置いてあるティッシュペーパーで千鶴の顔を拭きながら、左之助は千鶴との約束を果たす為に知恵を巡らせ始めるのだった。
それから数日、左之助が帰宅すると玄関先に泥つきのさつまいもの入った籠が置いてあった。
リビングに入ると、ソファーで千鶴が昼寝をしていて、それを左之助の母親が楽しげに眺めている。
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