お兄ちゃんといっしょ。(仮)

□夏風邪
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 微熱のせいで左之助がとろとろと微睡んでいると、ドアの外からなのか微かな泣き声が聞こえてくる。

 無意識に耳を澄ませるとその泣き声の中に自分を呼ぶ単語が含まれていて、左之助は困ったような嬉しいような複雑な笑顔になってしまうのを堪えられない。

 気をつけていた筈なのにうっかり夏風邪を引いてしまい、ベッドから出られないと言う状況が2日目に入ってしまった。

 昨日は左之助の母親に言い聞かされたのか左之助の部屋に近付いてこなかった千鶴だったが、今日は心配と寂しさが我慢できなくなったのかドアを挟んで部屋の外から彼の様子を窺っているつもりらしかった。

 聞こえてくる声に心配を誘われるのは左之助も同様で、ベッドから出ると足音を忍ばせてドアに近付いていく。

 小さくドアを引いて外の様子を探ろうとしたが、千鶴はドアに寄りかかって泣いていたらしく、体重のせいで思った以上にドアが開いてしまい小さな身体がころころと、左之助の部屋の中に転がり込んで来てしまう。

 それに驚いたのか、泣いていた筈の千鶴の大きな瞳がいつもより見開かれている。

「千鶴、大丈夫か!?」

 仰向けに伸びた千鶴の顔を左之助が慌てて覗き込むと、その声を聞いてまた瞳に涙が湧き上がってきた。

 千鶴は自力で起き上がると、自分の傍で片膝をついている左之助にすかさず飛びつく。

「にぃにーっ!」

 一回りしてしまった驚きと左之助の顔を見られた安心からか、千鶴がうあーんと泣きじゃくる。

「にぃにおねつ。おねつあつい?」

 それから思い出したように、涙で汚れた顔で千鶴は左之助を見上げる。

「まだちょっと、な」

 左之助が困ったように笑い返すと、それを見た千鶴は手の甲で涙を拭いながら急いで左之助から離れ、彼をベッドに追いやろうとする。

「にぃに、ちゃんとねんねするの! ちづがにぃにのおねつ、ないないするの!」

 看病をすると主張する千鶴に対して、夏風邪を伝染さないとは言い切れないと不安が頭をもたげた左之助は、少しでも千鶴を自分から遠ざける策を探しながらベッドに入る。

「えーと、な千鶴。にぃには喉が渇いてるから、何か飲む物持ってきてくれるか?」

「のむもの……? おみず?」

「水より、……そうだな、千鶴が暑い日に飲むヤツ。あれを1本頼む」

 自分が普段、千鶴に飲ませているスポーツドリンクを指定すると、千鶴は大きく頷く。

 左之助の為に何かができるのが嬉しいとばかりに、ぱたぱたと足を鳴らして部屋を出て行った千鶴を見送った左之助は、不謹慎ながら顔が笑み崩れるのを抑えられなかった。




 数分後、戻ってきた千鶴のスカートのポケットが不自然に膨らんでいることに気付いた左之助がそれを尋ねると、千鶴は胸を張って答える。

「おばちゃまが、にぃににのみなさいって! ちゃんとみててねって、ちるるたのまれたの!」

 そう言って千鶴はドリンクのペットボトルを渡すと、ポケットに詰め込んできたゼリー飲料とカプセルタイプの風邪薬のパッケージを左之助に向けて差し出した。

 頼まれた責任を果たそうと背伸びをするように自分を見上げる強い眼差しに勝てず、左之助はペットボトルを脇に置くとゼリー飲料と風邪薬を受け取る。





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