ライチ短編

□年の瀬の僕等
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今年もあと2時間で終わる。
そう言われるとなんとなく特別な感じがする。
でも、実際にその面に立たされると実感がなくなるようで、
ぼくはこたつで温かいお茶を飲みながらボーっとテレビを眺めていた。
「今年も残り……、新しい年を迎えるにあたって……ナントカカントカ」と騒ぎ立てる画面の奥の住人がひどくつまらなく見える。
暇だなあ。
だんだんと瞼が重くなってきたところで、居間に入ってきた母が僕を呼んだ。

「りく、電話よ」
「……え?誰?」
「博くん」
「っ!い、今行く!!」

一気に目が覚めて、僕はこたつから飛び出した。
居間から出る時に足を勢いよく物にぶつけてしまう。
痛みにしゃがみこんだら「落ち着きなさい」と叱られてしまった。
痛む足をさすりながら電話に出ると、受話器の奥から大好きなあの声が聞こえた。

「よお、カネダ」
「た、タミヤ君……」
「今すっげえ落としたけど大丈夫か?」
「うん……足ぶつけた、痛い」
「っあは、気をつけろよ、」
「だってタミヤ君から電話がきたんだもん、早く出たくて」

そういうと、タミヤ君は急に静かになってしまった。
5秒、10秒時間が経っても声が聞こえないので、僕は心配になった。
恐る恐る「タミヤ君?どうしたの?」彼の名を呼ぶと、はあ、と息をつく音が聞こえた。

「お前……もう、なんかなあー……っ」
「えっ?な、なに?」
「なあ、今から外で会えねえ?」
「う、ん。多分大丈夫だけど」
「まじ?じゃあ……えっと10時半にお前んちに迎えに行くから!」

分かった、と返事をすると、じゃ!と嬉しそうに返事をしてタミヤ君は電話を切った。
話し相手のいなくなった受話器を耳に当てながら、僕はしばらくそのままでいた。
タミヤ君に会える。
それだけで、さっきまで退屈な気分だったのが一変して高揚した。

目はとっくに冴えていた。




10時25分。
上着を着てマフラーを巻いていると、玄関のチャイムが鳴った。
はっとして、急いで身支度を整える。
部屋から出ると、母の方が早く出たようで、僕の名前を呼んだ。

「ほら、博くん」
「タミヤ君……えと、こんばんは、かな?」
「おう。あの、おばさん、カネダと外で年越ししてきていいすか?」

帰るのが多分12時すぎなんですけど……そうタミヤ君がいうと、
母は、少し思案するような顔をしてから微笑んだ。

「いいわよ、博くんならしっかりしてるし。いってらっしゃい」
「ありがとうございます。……カネダ、行こうぜ」
「う、うん、行ってきます」

靴を履いて、先に家を出るタミヤ君を追いかけるように小走りでついて行く。
横に並んだまま歩いて家から少し離れた所に行くと、タミヤ君は辺りをつい、と見回した。
カーネダ。のんびりした声で呼ばれたので横目でタミヤ君を見た。
なに?タミヤ君。そう言おうとした僕の声は、最初のたった二文字で止められてしまった。

気がつくと、僕は、彼の腕の中にいた。

「た、みや、く……!?」
「あー……カネダかわいいなあ」
「っ……なにそれ、ほめてないでしょ」
「ほめてる。最強にほめてる。好きー」

ぎゅっとキツく抱かれて呼吸が少し苦しくなる。
彼の背に腕をまわしてゆっくりと深く息を吸ってみた。
タミヤ君の匂いがたくさん入ってきて、ちょっと変な気分になりそうだ。
ずっとこのままでいたい気もしたが、冷たい夜の風が耳に当たって僕ははっとした。

「ちょっと、待ってよ。人に見られるから……!」
「えー、」

僕がいうと、彼の腕の力が少し緩んだ。
そのスキに胸を軽く押してタミヤくんの腕から逃れる。
そういうのは後でね、と言ったら、イタズラっぽいタレ目の顔が真っ赤になった。
少し面白かった。

「……寒いねえ。神社とか行こう」
「ああ、いい、よ」

腕を引くと、彼もそれに合わせるように歩を進めた。
指を絡めてぎゅっと握られる。すごく幸せな気分だ。

一番近い神社は僕の家から10分くらい歩いたところにある。
騒がしいほどではないが、人がいくらかいた。
皆、連れと話したり、ぽつぽつと出ている屋台で物を買って食べたり、それぞれ新しい年が来るのを寒そうに待っていた。

「あ、焚き火やってんぞ」
「焚き火?……タミヤ君、あれ、普通の焚き火じゃなくてお焚き上げじゃないの……?」
「なんだそれ?」
「お守りとかお札とか、ほら、終わったのを「捨てる」ってのも良くないじゃん。だから、こういう特別な所で焼いてもらう……とか、だった、気がするけど……」

だんだん自信がなくなってきて声が小さくなる。
ふーん、とタミヤ君は相槌を打つと、さっきの話を聞いていたのかいなかったのか、火に近づいて「あったけー」とかいいながら手をかざした。
だから焚き火じゃないんだってば。
この神社自体が大きなものじゃないから、火も大きくはないし確かに、そういう風に見えなくもなかったけど。
しかし、見ると、何人かの人も同じように火にあたっていた。もうなんでもいいや。

「タミヤ君、僕も」
「おー」

そのまま、僕とタミヤ君はぽつぽつと会話を交わしていた。
暖かい、むしろ熱いくらいの火にずっとあたっていると眠気がやってくる。
まずいな、時計をみると11時を少し過ぎたところだった。

「ね、なんか、あったかくてボーっとしてきた……」
「ん……じゃあ、あっち座ってっか」
「うん」

近くで甘酒が売っていた。
タミヤ君の提案で僕たちはそれを買って、屋台が置いてるベンチに座った。
火照った顔が冷気に晒されて、余計に寒く感じる。
それを誤魔化すように甘酒を一口飲んだ。
甘い、少しだけどろっとしたそれを嚥下すると、体の中がほっと温まった。

「美味しいねえ」
「……でもちょっと甘すぎるな、コレ」
「そうかなあ」



しばらくタミヤ君と僕は黙ったまま甘酒を飲んでいた。
人がまた少し増えたかな。
その時に、僕はふと、あることを思い出した。

「ねえ」
「ん?」
「電話した時さ、なんで急に黙っちゃたの?」
「あ、あれ?あはは……えっと、うん」
「…………?」
「……カネダって天然なんかなあ」

思わず、「へ?」と間の抜けた返事をしてしまった。
いきなり天然とか言われても心当たりがない。
いや、もしかしたら本当に天然だからこそないのかもしれないけど。

「もっと具体的に言ってよ」
「やだね。秘密ー」
「……タミヤくんのいじわる」

すっかり甘酒も飲み干してしまって、僕はすることのないまま火を眺めていた。
タミヤ君は、そんな僕の左手を弄って遊んでいた。
手の甲を撫ぜたり、爪の噛み跡をなぞったり。
なんとなく甘えたい気分になって肩にもたれると、タミヤ君は僕の背に腕をまわして腰を引き寄せた。

「カネダー……」
「ん」
「……好きだ。来年もずっと一緒にいような」
「……ふふっ……」

何笑ってんだよ。照れ隠しをするように軽く小突かれて、もう一度笑みがこぼれた。

不意にタミヤ君が顔を背けた。
え?と思ってそっちの方を見ると、彼は嬉しそうな声を上げた。

「あ!カネダ!ベビーカステラ売ってる!」
「ベビーカステラ?」
「ああ。買いに行こうぜ」
「……うん、いいよ」

タミヤ君は立ち上がるやいなや屋台の方に走っていった。
僕もそれに小走りでついて行く。

「っと……8コ入りの、3つください」

そう言ってお金を出して、彼は小さな袋をみっつ受け取った。
屋台から少し離れて、その内の一つを僕に手渡してくれる。
それと引換に僕は、僕の分のお金を彼に手渡した。

「いいのに」
「ううん。それよりさ、タミヤ君、2袋も食べるの?」
「あ、一つはタマコのお土産。あいつ、これ好きなんだよな」

彼は嬉しげに目を細める。
妹思いのお兄ちゃんの表情だった。
タマコちゃんはきっと幸せだろうな。ちょっと羨ましい、心の中でつぶやいた。
するとタミヤ君は、いたずらっぽく笑みを浮かべた。

「なに、カネダ、もしかして妬いた?」

「……うん、妬いた」
「――――っ!」

否定するとでも思ったんだろう。
予想外の答えにタミヤ君はビックリした顔をした。
それがすごく面白くて、僕は吹き出して笑った。

「……っぷ、あははは!!タミヤ、君……っくく……!」
「っな、笑うなよー!」
「だって、だって……っふは、あーおもしろ……っ」

こみ上げる笑いを必死に抑えて、はーっと息を吐く。
半分冗談、ちょっと羨ましいだけ、言うと、しかめっ面だった彼の表情がちょっと緩んだ。

「あ、あと5分だ」
「マジ?早っ」
「……座ろっか」

適当な段差に座り込んで、僕はベビーカステラを一つつまんだ。
まだ温かく、さっきの甘酒とは違う甘味が口に広がった。
2個、3個と食べてみる。……おいしい。
甘いものは好きな方だ。気づくと夢中になって食べている事が多い。
3個目を飲み込んで、4個目を口にいれると、ふと視線を感じた。
タミヤくんの方を見ると、彼は僕の顔を凝視していた。

「な、なに……?」
「……やっぱ、可愛いわ、お前」
「だから褒め言葉になってないってば」

はいはい、と、流すように返事をされる。
タミヤ君は「好きだ」と小さく呟いて僕の頬にキスをした。
びっくりして「タミヤ君!!」と言いかけたところで、周りが急に騒がしくなった。

「!?」
「なんだ……?」

「……あ、12時……」
「…………まじか」

二人で顔を見合わす。
おかしな年越しの仕方をしたなあと思って、僕は苦笑した。
タミヤ君もそれにつられて笑った。

「ま、いっか」
「ああ」

「…………」

「――帰るか」


うん。僕は頷いて立ち上がった。
ゆっくりと歩いて帰路につく。




深夜の蛍光町は、ひどく冷たい雰囲気がした。
視界に入った工場を見わたす。
それらは相変わらず止まることなく、黒い煙と重たい音を気怠げに生み出していた。
それになんとなく虚しさを感じながら、横を歩く彼を見上げる。

工場の冷たさとは対照的に、彼の頬は健康的に染まって、ああ、生きている、と思った。
どういうことかは自分でもよく分からなかった。
ただ一つ、彼が愛おしくて堪らない。
この人と一緒だったらなんだって出来そうな気がした。

タミヤ君。好きです。好きなんです。

「……っ」

僕はふと思った。
今まで僕は、何回彼に「好きだ」と言ったろう?
前からずっと、さっきだって。彼からの「好き」はたくさん聞き覚えがあるのに、自分が発すそれにはほとんど覚えがない。
恥ずかしがっている自分のせいなのはわかっている。
けど、自分のことながら、なんだかすごく寂しい気がした。

「……タミヤ君」
「ん?」

だから、今年は沢山言おう。飽きるほど伝えてやろう。
僕は、歩道の縁にあった縁石の上に乗って、こちらを向いたタミヤくんの顔を捕まえた。
タミヤ君との身長はあまり変わらなくなった。

「タミヤ君……好き、だよ」

そのまま彼の口にキスをした。
触れるだけ。今の僕にはこれが精一杯。
そっと唇離すと、タミヤくんの吐息を間近で感じた。
タミヤ君は驚いて何も言わないまま、僕の目をじっと見てくる。
何だか恥ずかしくて、ちょっとはにかんで僕は視線を下に向けた。

「――カネダ。それは、反則、だろ……っ」

何かを堪えるようにタミヤ君は呟いた。
それから僕をぎゅっと抱き寄せる。
縁石から落ちそうになって、僕は慌てて足を踏みしめた。
安定したところで、彼の肩口に顔を埋める。
タミヤ君に抱きしめられるとき、こういう風にするのが僕は一番好きだった。

「タミヤ君」
「…………なに」
「今年も、よろしくね」
「ああ……俺こそ、よろしく」



冷たい風さえ気にならないほどに、僕は温かいものを心に感じた。

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甘っ

カネダ君をおにゃのこにしないよう奮闘中。

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