ライチ短編

□どうか笑って
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どうか笑って



「カネダ、帰ろうぜ!」
そう言って覗いたカネダの教室にその姿はなかった。
どうしたんだろう。便所かなんかに行ったんだろうか。
でも、カバンが彼の机から消えていたので、余計に不思議になった。
もしかしたら下駄箱で待っているのかもしれない。

待たせては悪いと小走りでそこに向かったが、そこにも彼の姿はなかった。
何人かの男子生徒の笑い声と、部活動用のバッグ。
誰かの乱暴な出し入れで、転げ落ちてしまった片方の上履きが一つ。
あとは玄関口に生徒カバンがポツンと落ちている。それだけだった。

「……?」

眉をひそめた。あのカバンに付いているものに見覚えがあったのだ。

つい今朝の事だった。子供のアニメで立ったり喋ったりするキャラクターみたいな、
ウサギのマスコット人形が、そいつのカバンに付いていた。
人形の手に持たされた一輪の花がなんとなく彼に不釣り合いで、
俺が、それはなんだと聞いたら彼は柔らかい笑みで、でも少し恥ずかしそうに答えた。


――これ?これね、おばあちゃんが作ってくれたんだ――




「……カネダ」

背中に冷たいものが走った。

焦る気持ちを落ち着けながら靴を変え、おちていた鞄を拾い上げて玄関を出た。
どこにいるんだ。
校舎の裏とか、木の多いあの辺りとか、候補がいくつかあった。
近いところから全速力で回っていく。

だんだんと切れていく息の中で、意地悪そうにニヤつくアイツの顔がチラチラと脳裏をよぎった。

「……く……っそ!」

心の中では、何かの間違いであったらとひそかに願っていた。


でも、それも叶わなそうだ。
走り疲れて足が止まりそうになった時に、俺はカネダを見つけた。
小さな倉庫の壁にもたれるようにして座り込んでいた。

「……はあ、は、カネダ、大丈夫か……!?」
「……っタミヤ君」

肩を震わせて顔を上げたカネダは、少しホッとした顔を浮かべた。
しかし、それもつかの間、苦しげに目をそらされた。

「カネダ……平気かよ、おい?」
「あ、あの、タミヤ君、」

カネダは震えた声で、両手に抱えていたものを俺に差し出した。
国語の教科書だった。そういえば、今日貸したんだっけか。
でも、それは砂で汚れていた。端の方も少し切れている。

「あの、あの、ごめんなさい、汚しちゃって。その、これは、本当にごめんなさい、えっと、」

泳がせた目がだんだん濡れていくのが分かる。
ひくっと体を震わせた途端、カネダの頬に涙が伝った。

「た、たみやくんに、返そうと思、てて、持ってたら、そしたら、浜里くんが、あ、あ、ごめんなさいごめんなさい……っ」

カネダの言いたいことは大体分かった。
俺にあったらその場で渡すつもりで教科書を持ってたんだ。
そしたら浜里がきて、そのまま連れてかれて。
俺の教科書なんか、別にボロボロにされたって構わなかったのに。
きっと、カネダの事だから、汚されたらまずいと思って頑張って抱えてたんじゃないか。
浜里は怒っただろう。いつもより制服に砂が付いてる気がした。口の端からは血が出ている。

黙って教科書を受け取って、優しめに背中の砂をはたいてやる。

「ありがとな。……ほら、教科書の事は気にすんな?大丈夫だから」
「っう……ごめ、ごめんなさ……」

いつまでもしゃくりあげるカネダをどうにか泣き止ませられないかと辺りを見回す。


ふと、ウサギの人形が目に付いた。

「…………あ、」

俺はカバンからそれを取り外すと、それをカネダの目の前に持っていった。




「ほら、カネダ……えっと、いないいない、ばー!」


手で人形を動かして、ポーズを取らせる。
カネダが一瞬、驚いたように目を見開いた。

「あ……え……?」
「ほら!泣きやめカネダ!いないいないばあだぞ!」

中学生になった男が必死になにをしてるんだ。めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、これしかないと思って、そのまま2、3回繰り返す。

「……っふ、あはは、何やってんのタミヤくん……はは……」
「よっしゃ笑った!」

ふとカネダの顔に笑みが差して、俺はガッツポーズをとった。
カネダはひとしきりクスクス笑ったあと、俺に言った。

「ありがとう、タミヤ君」
「なんのなんの」
「……でも、あのさ、なんで、いないいないばあなの……?」
「あー……っと、その、覚えてるかな。アレ」

「え?…………あ、」




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僕たちがまだ、小学校になりたてか、その少し前くらいの話だった。
絵本を読みながら家で留守番をしていると、家のチャイムがなった。
お母さんに、誰かが来てもドアは開けちゃダメと言われていたけど、その時僕は躊躇なく扉を開けた。
外で、タミヤ君が僕を呼ぶ声が聞こえていたからだ。
目の前に現れたタミヤくんは服が汚れていて、今にも泣き出しそうな顔をしていたのを、僕は今でも鮮明に覚えている。

タミヤ君が泣いたのは今まででもこの一度だけだったからだ。

「かねだー……」
「た、たみやくん、どうしたの!?」
「……まけた。けんかにまけた!」

その途端ポロポロと溢れる涙に僕はひどくびっくりした。
家に上がらせたはいいが、たしか、混乱してどうしたらいいのか分からないでいた。
「泣かないで、泣かないで」と何度も声をかけても泣き止まなくて。
そうしたら、なんだか自分まで悲しくなってきて、鼻の頭がツン、となった。

その時、僕はいつも抱えて寝ていたクマの人形の事を思い出したのだ。
転んだり、怖い夢を見たりして泣いた時なんかにその人形を渡されると、いつも嬉しい気持ちになって涙もすぐ止まった。

走ってその人形を持ってきて、タミヤ君に渡すが、あまり効果がないようだ。
必死に頭を捻って、やっと僕はこういった。

「ったみやくん、みて?いないいない……ばあ!!」
「……っ!」
「も、もっかい、やるよ、いないいな、い……ばあっ」

人形の手を持って、「いないいないばあ」の動作をさせる。
お願い、どうか笑って。
半分涙声になりながらもひたすらこれを繰り返した。
これで笑ってくれなかったらどうしよう。

タミヤ君は初めこそ黙って肩を震わせたままだったが、6回くらいやったところでようやく口元に笑みを浮かべた。

「……っあは、あははは!」
「タミヤ君……やった、笑った!」




     ☆


僕はあのことを思い出して少し赤面した。

「タミヤ君、覚えてたんだ」
「ああ。だって俺、あれしか外で泣いたことねえもん」

「でも、今やるなんてワケ分かんないよ。もうちっちゃい子じゃないんだよ」
「なんとかして泣き止ませようと思って……でも結果的に笑ったし、いいんじゃね?まあ、ちょっと恥ずかしかったけど……」

「……ありがと」


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もっと男っぽいカネダが書きたいです。
なんとなく不完全燃焼。

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