ライチ短編

□君と模索する10のこと
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コランダム様からお借りした素敵お題です(*゚∀゚*)
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丁度いいきっかけ



コチ、コチ、コチ、と、秒針の時を刻む音がやけに大きく聞こえる。
他に何か聞こえるとすれば、たまに犬の鳴き声、そして、僕がノートに文字を書き連ねる音。
時計は夜中の12時を過ぎているというのに、僕は宿題でない数学の問題を黙々と解いていた。
別にテストを控えている訳でもない。 じゃあどうして、と聞かれれば、答えは一つだ。

きっかけ

今の僕にはこれだけで十分すぎる理由だった。



   ◇



放課後の教室。僕とタミヤ君は二人で、机をくっつけて数学の課題をやっていた。

「あー、無理、無理!俺にはできない!」

そういって、僕と向かい合うように座っていたタミヤ君が鉛筆を放り投げた。 ふわ、とスローモーションのように宙を舞ってそれは床に落ちる。 カラン。 無機質な音が響いた。

「早いよタミヤ君。」 僕は、ため息をつきながら席を立って、タミヤ君の投げた鉛筆を拾う。尖った芯先が折れて無くなっていた。それを鉛筆削りで削り直して彼に渡してあげた。「はい。……ねえ、まだ、始まって10分しか経ってないよ?」

「ありがと。」タミヤ君はへらっと笑いながら鉛筆を受け取った。

「だってさ、俺、数学って嫌いなんだよね。なんかさ、こう……ワクワクしないんだよ!」
「『しないんだよ!』って言われても……勉強なんて何もワクワクするもんじゃないでしょ?」
「するよ、国語は話が面白いし、理科は実験があるし、歴史はかっこいいし!」
「……はは。タミヤ君は頭いいし、数学なんて余裕そうに見えるんだけどなあ」

すると、「興味引かないのはハマらないんだよ」とか、「つまんねーのは嫌い」だとか彼はブツブツ文句を漏らした。
だったら、根暗でつまらなくて興味なんか持たれそうにない僕と一緒に、こうして勉強なんかしちゃってるのはどういうことだろう。 気になったけど、なんだか余計に彼の機嫌を損ねそうな気がしたので聞くのは止めておいた。

「とにかく、俺は数学だけは好きになれないな」
「…………」


タミヤ君はなににおいても、いつも僕の遥か上を上回る存在だった。 運動も、勉強も。かっこいいし背も高い、はっきり言って僕なんかが勝てるところは一つもない。
でも、最近気づいたのだ。ひとつだけあった。それが数学だった。
僕だって別に数学が得意なわけじゃない。平均の、ちょっと上くらい。でも、確かにタミヤ君より上だった。
別に優越感なんかを感じてるわけじゃないんだけど、「置いていかれてる」っていう焦りを感じないのはそれなりに気持ちが良かった。

「カネダー……」
「ん、なに?」
「カネダさ、数学俺より出来るじゃん、教えてよ」
「……え……なんて……!?」
「だから、数学助けてくんないかな、得意だろ?」


時が一瞬止まったようだった。 いつも助けてもらう側の自分が助ける事になるとは。
しかも、タミヤ君を。

「む、無理だよ、僕、は、教え方も下手だし!僕なんかじゃなくても、ほら、デンタク、とか、いるじゃん……!」
「他のヤツより、カネダがいいんだよ。な、頼む!」

そう言ってタミヤ君は顔の前で両手を合わせた。タレ目気味の瞳で見つめられると変な気になってくる。これでは断れない。

「う、ん。分かった、よ……」
「よっしゃ!助かるぜカネダ!」

タミヤ君はそう言うやいなやガタッと音を立てて立ち上がると、椅子を持って僕の右隣へと席を変えた。

「え、タミヤ君……!」
「隣の方が近くていいだろー」
「二人で机一つは狭いよ……っ」

狭いっていうか……二人の距離が思いのほか近いことに僕は焦っていた。
二つの椅子が少しの間隔もなくピッタリとくっついている。半分ずつ机を使うような感じになった。 
隣に座って、それで一つの机を共有するんだから、しょうがないかもしれないけど、それでも……。

少し動くと制服が触れた。少し右上を向くと彼の顔があった。身長差があったのでその分少し遠いけど、でもやっぱり普通にはありえない距離で。呼吸をする音までさっきより鮮明に聞こえる。
気にすればするほど顔が熱くなる。 心臓がどくどくうるさい。
ただ近いだけでこんなにグルグル考えるなんて本当にバカみたいだ。

「さ、やろーぜ。このページのさ、問5が……」
「う、あ、うん……」

そんな事をお構いなしに彼は質問を始めた。
余計に僕の自意識過剰さがチクチクと胸を刺した。恥ずかしい……。






なんやかんやでそうして、たまに、僕が数学を教えることになった。
この数学プチ補習は二人だけで行われる。
初めこそ隣が気になりすぎてうまく教えられなかったが、だんだん、慣れたといえば慣れてきた。
いつの間にかこの時間が楽しみになる位になった。 この時間だけは彼を独占できる。なにより、タミヤ君が僕を必要としてくれるのが、はっきり分かるのが嬉しく感じる。

でも、やっぱりタミヤ君は頭がよかった。無理だ無理だと言うわりには、ちゃんと説明すれば最終的に理解してくれるし、覚えが早い。



いつか成績が抜かれちゃったら、この時間も無くなってしまうのだろうか。



   ◇



時計が1時を告げた。
静寂が度を増して、とうとう秒針の触れる音と、鉛筆が紙の上を滑る音だけになってしまった。
そろそろ寝ないとまずいかな。

「……や。あと、この問題だけ……」

こんなに勉強に熱中したことは無かった。でも、眠気がゆるゆると僕を包んでいくのも感じられる。
それでも手が止まらないのは「あの時間」を守るためだった。

タミヤ君を独り占めできる、僕とタミヤ君だけの時間。
アホらしいけど僕は真面目にそう思ってる。
そりゃ、頼めば一緒に遊びに行ってくれるかもしれないし、二人だけで勉強も出来る。
でも、そういう簡単なことが僕はなかなか言えない。断られるのも怖いし。

でも、タミヤ君は他の人より僕に教えてと言ったんだ。
だから僕は必死に勉強して、数学だけは彼より上を目指す。



あんな近い距離で、二人だけで……そんな時間。


こんなに丁度いいきっかけ、逃すわけにはいかないんだ。


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カネダかわいい

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