ライチ短編

□Brille(※)
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「……あ、やべっ」

一時限目の始まる15分前だった。
授業の準備をする為に鞄を開けると、入れたと思っていた国語の教科書が入っていなかった。
その代わりです。とでも言うかのように、今日の授業には含まれてない理科の教科書。
きっと間違えたんだ。うわー、やらかした。
忘れっぱなしで授業が始まっては困るので、カネダに借りに行くことにした。

カネダは隣のクラスだった。 
春に、クラス分けの紙が張り出された時こそ、最悪だ、このやろう!と思ったものだが、いざこういう時になるとありがたいと思ってしまう。自分勝手にも程がある。
まだ騒がしい隣の教室の中につかつかと入ってカネダのもとへ向かう。

「かーねだー……っあ、れ、カネダ!?」
「……え、どうしたのタミヤ君」

椅子に座ったまま俺を見上げたカネダを見てびっくりした。
カネダが、黒縁の眼鏡をしていたのだ。
生まれてから今まで一緒にいたけど、そんなの見たことなかった。

「え……え、カネダ、お前メガネなんかしてたっけ!?」
「……あ、あっ!これはちょっと!何でも、ないっ」
俺が指摘すると、カネダは慌てたように眼鏡を取って、隠すように机の中に突っ込んだ。

「へ?何で隠すんだよ」
「あの、それは……えっと……」

恥ずかしかったから

最後の方は小さくてよく聞き取れなかったけど、多分そういった。
別に、恥ずかしがるようなことなんかないけど、みるみる赤くなるカネダの顔を見て可愛いなあと思った。

「おかしくないぜ?別に、かわいくて」
「可愛いって……それ、褒めてんの?貶してんの?」
「褒めてる」
「あ……そう。で、どうしたの?なんか用あったんでしょ」

話をそらすように言われて、ようやく俺は当初の用事を思い出した。
時計を見ると授業まで10分もない。まずい。

「そだ、カネダ、国語の教科書貸してくんない?忘れちゃってさ」
「いいよ、ちょっと待って」

カネダは、俺と同じ黒い鞄の中をガサガサあさり始めた。

「眼鏡、いつからしてんの?」
「4ヶ月くらい前かな。でも、してるのは授業とか、あと一人で勉強する時だけ」
「何でいつもしないんだよ?恥ずかしいから?」
「うん……ていうか、ほら、暗い奴がさ、眼鏡してると余計陰気臭いじゃん」
「別にそんな風に思わねーけどなあ、俺は」
「タミヤ君は、ね。……はい、教科書」
「お、わりぃ、借りるぞ」

そう言った瞬間予鈴がなった。時間だ。

「じゃ、後でな、カネダ!」
「うん」

教室を走って出る。去りざまにふとカネダの方を見ると、机の中に突っ込んだメガネを取り出してかけていた。


   ☆


その後、なんの面白みもないまま一日が過ぎて、気づいた時には一日の最後の授業が終わっていた。
帰る為にガヤガヤと騒がしくなる中を抜けて、俺はカネダのところへ行った。

「カネダ!帰ろうぜ!」

カネダはまた眼鏡をしていた。
そして、手元のノートを一瞬見て、すまなそうに言った。

「ごめん。今日、日直なんだ、日誌書かなきゃ。先に帰ってていいけど……」
「いや、待ってるよ」

で、俺はカネダの前にある席の椅子に座った。
背もたれを前にするように、つまり、カネダと向かい合わせになる形だ。
頬杖をつきながらカネダが文字を連ねるのを見ていた。
生徒はもうほとんど帰ってしまっていて、残ったのは俺たちの他に4〜5人いるだけだ。
さっきまでとは逆転したように、校庭は騒がしく、教室は嵐が去ったように静かになった。



沈黙



待ってるとは言ったものの、やはり暇であった。
ノートから目を離してカネダの顔を見た。
黒い縁に囲まれた少し目つきの悪い目が下方をまっすぐに捉えている。
唇は荒れていた。荒れていたというか、少し傷の様に赤くなっている。
多分、自分で唇の皮を剥いたんじゃないか。カネダの悪い癖の一つだった。
キスをする時に、いつも傷を舐めるような感覚を舌に感じる。毎度気になっていた。


ずっと黙っているのが嫌なので何か言おうと思ったけれど、真剣に日誌を書いてる様子を見てたら気が失せてしまって、それから数分経った。
とうとう人がいなくなってしまった、もう、二人だけ。

日誌はもうほとんど埋まり、あとは一日の感想くらいか。
俺はといえば、カネダの顔をぼーっとしながらただ見つめていた。
その視線に気づいたのか、カネダがふと顔をあげた。

「タミヤ君……なに?」
「何ってー?」
「いや……凄く気になるんだけど、視線が」
「いいじゃん」
「気になるんだよー、なんか、恥ずかしい」

そうやってカネダは目を背けた。あー、可愛いなあ。

「……カネダー」
「ん?」
「顔、あげてみ」

言われて、カネダは素直に顔をこちらに向けた。
そのスキをついて、キスをひとつしてやる。

「んっ……!」

カネダは一瞬びっくりしたように瞳を見開いたが目が合うと恥ずかしげに閉じてしまった。
たまらなくなって唇を舐めてやった。

「た、みや、君……っ」
「……もっかい」
「あ……」

肩を引き寄せてもう一度口付ける。
おずおずと開かれた唇から舌を突っ込んで絡めてやると、カネダの体が震えた。

口の中で所どころ血のような味がした。浜里に付けられた傷か、それとも自分で噛んだか。


もっと深く口づけたくて、顔を傾けてさらに近づくと、目の辺りに物が当たった。
え?と思ってみると、あの、黒縁のメガネだった。


……邪魔だなあ


ちゅ、と音を立てて口を離す。すると、どうしたの、どうして止めるの、とでも言いたげな表情でカネダが俺を見た。
口に出しては言わないのがカネダらしい。

「カネダ」
「え……なに……?」
「それ邪魔」
「は……?」

すると、カネダは「それ」と言われたモノを探すのにキョロキョロした。
気づいてないのかな。
仕方がないので、名前を呼んで、メガネのレンズを舐めてやった。

「ちょ、何すんのタミヤ君!」

慌てて眼鏡を外して拭き始めた。え、なにそれ、汚いってこと?
まあいいや。眼鏡を外したスキを付いて口づけた。
もう障害は無いから。荒っぽく舌を絡めると、鼻に抜ける様な声が聞こえた。

「ふ……ん、んっ」
「は、あ……カネダ……」

少しすると強張ってた肩の力も抜けて、カネダが自分から求めるように舌を絡めてきた。
あー、可愛い。俺をどうする気だよ。

ていうか、全体的にカネダの力が抜けてきた気がする。緊張がほどけて、とかじゃなくて。

こいつ息できてる?

ちょっと心配になって口を離すと、案の定、苦しげに浅く呼吸を繰り返すカネダ。
少し溢れた唾液が、カネダの顎を伝ってノートの上に落ちた。

「大丈夫か?」
「う、……うん……」
「ノート汚れたけど」
「え?……あ、あ!!」

ノートの上の染みを見つけると、びっくりしてカネダがそれを拭った。
それでも少し残った跡を見つめて、あーとかどうしようとかつぶやいていた。

「大丈夫だろ。目立たないって」
「そっか、な……?」
「ああ。 それよりさ、カネダ、息継ぎの仕方練習しなよ。」
「息継ぎ?」
「キス中に、息してないだろお前」

「そんなん難しいよ……」


「練習練習!」


実践でな、と、耳元で呟くと、カネダは顔を真っ赤にして「バカ!」と言った。


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カネダはきっと目が悪いと思うんです。(前髪的な意味で)
最終的に眼鏡関係なくなったけどいいかな。

Brilleはドイツ語でメガネです。

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