ライチ短編
□恋せよ乙女共
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11月が始まったと思ったら、毎日突き刺すような冷たい風が吹くようになった。
かじかんだ指先に息を吐きながらゆっくり摩る。寒い。
「もう、いやだわ、手がカサカサになっちゃったじゃない……」
クリームを塗ろうにも教室に置いてきてしまった。急ぎ足で教室に向かうと、誰かの声が耳を霞めた。
単語をつらつらと述べただけのよくわからない歌。
これは…………
「ジャイボ?」
教室を覗き込む。
そこには、たった独りきりで、あのおかしな歌を口ずさむジャイボが椅子に座っていた。
「雷蔵……きゃは」
彼は私の姿を見ると、綺麗な唇を歪めて笑った。
「こんなところでなにしてるの、常川くんは?」
「きゃは、先に帰ったよ」
「ついて行かなかったの」
それを聞くと、ジャイボは眉間にしわを寄せた。まずいこと言ったかしら。
「僕が、いつもゼラに付いてなくちゃおかしいの?」
「おかしく、ないわ。でもいつもはそうだから」
少しの沈黙の後、ゆっくりジャイボが口を開いた。
「……ゼラは、今日は一人で帰るからって、ついて来るなって言った」
「え?」
言うやいなや、不安げに顔を歪めたジャイボが私の名前を呼んだ。
「雷蔵……僕、美しくないかな?」
彼がどうしてそんなことを言いだしたのか理由は分からない。
ひとつだけ確認したのは、かすれて震えた声と、白い肌を伝った涙だった。
◇
すすり泣く彼をなだめて20分くらい経った。
四時半を過ぎ、窓から見える外の景色はだいぶ暗くなってきた。
あれから、落ち着きを取り戻してきた彼は、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「ライチが、綺麗な女の子を連れてきたら、僕は捨てられる……」
「どうして?」
「僕が綺麗じゃ無くなってるから」
ジャイボはいつまでも綺麗よ、そう言ったら彼は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「僕、声変わりが始まってきたよ。髭も生えてきたよ。醜い大人になっていくよ!そしたら……」
それきり彼は黙ってしまった。
「……ジャイボ…………」
ジャイボが苦しげな表情を浮かべるのに相対して、私は心の中に熱いものが溜まるのを感じた。
なんだろう、なんだかワクワクした。未知の何かに挑戦するような気持ちだった。
それと同時に、ジャイボを抱きしめてあげたくなるような、何とも言えない感じがした。
でも、これだけははっきりと言える。
わたし今、すっごく女の子してる!
これは、言うならばガールズトーク。恋の相談ってやつね。こんなの初めて!
感情が顔に出ていたのか、ジャイボが変な顔をして私を見ている。
「大丈夫よ、ジャイボ!恋に障害はつきものなのよ!」
「……は……?」
「それを乗り越えてこそ、本当の愛が待ってるの!」
「愛」という言葉にジャイボは少し反応した。
でも、また不安げに眉根を寄せてつぶやいた。
「でも、僕は男だ。ライチはきっと綺麗な女の子を連れてくるよ、しかも僕は汚くなってくよ。大人に……」
「気弱なこと言わないの!あのね、『美は一日にしてならず』よ。毎日努力すれば汚くなんかならないわ。」
第一ジャイボは元がいいじゃないの。そう付け足してから私は、置いてきた保湿のクリームを手渡した。
「なにこれ」
「クリーム。あなた手が乾燥してるわ!それ、全身に使えるから唇にも塗っちゃいなさい」
「なんで?」
「乾燥は乙女の天敵よ。小さなことから始めるの」
私がレクチャーするわ。安心しなさい、どんな子が来たって負けないわ!
そう断言して笑いかけると、ジャイボの顔にも笑が浮かんできた。
「きゃは、なにそれ、おもしろ」
「あなた、笑ったほうが可愛いわ」
ようやく彼の元気が戻ってきたところで、私は切り出した。
実は、もう一つやってみたかったコトがあったのデス。
「ね、私ね、すっごく美味しいお菓子がある喫茶店見つけたの。一緒に行かない?」
「……いいよ、行こう。きゃは!」
嗚呼…………女の子最高!
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だいぶ走りました。
転びました。
いつか書き直したい一本です。