ライチ短編

□その放課後
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授業が終わり、放課後を告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
誰と遊ぼうだとか、一緒に帰ろうだとか、浮き足立った声が教室中にあふれる中、僕は一人だけ暗い気持ちでいた。
田宮君は委員会で帰りが遅くなるという。 田伏君は風邪で学校を休んでいた。

一人で下校しなくていけない、これは、「まずい」状況以外の何者でもない。早く帰らないと……!
焦る気持ちで下駄箱に走る。 靴を出した瞬間に、奴らはやってきた。

「金田ァ、なーんでそんなに焦ってんだよー?」
「っ!……浜、さ、と……君……っ?」


……また捕まった……。


ドンッと、ひどい音を立てて壁に打ち付けられる。背中に鈍い痛みが広がった。
声をかけられた時、思わず彼の手を振り払って逃げようとしたのが、余計にまずい状況を生み出していた。 
もちろん足の遅い僕は、数メートル先で転んでからすぐさま捕まって、そのまま引きずられるように人気のないところに連れて行かれた。
一度でも歯向かおうとしたことで、彼はいつもよりイライラしている。こんなことなら、大人しくやられていればよかった……。

「お前さあ、何、俺から逃げられると思ったの?馬鹿じゃねえ?死ねよ!!」
「ひっ……!あ……がっ……!」

荒げた声に、驚いて目を瞑った瞬間にお腹を蹴られた。 立っていられなくなって、ずるずるとその場にへたれこんだ。間髪入れずに今度は脇腹を蹴られる。
腹を庇った腕までギリギリと踏まれて、叫びたいような痛みに襲われた。

痛い 痛い 誰か助けて

「た……みや、く……」

田宮君の名前を呼んだら涙が滲んできた。辛い、辛いよ。

「あはっ、こいつ、泣いてるよー!見てよ!」
「まじかよー!あっははは!!!」

しばらく殴る蹴るの暴力が続いたあと、浜里君が僕の前髪を引っ張りながら言った。

「こいつの前髪、ずっとうっぜえって思ってたんだよな、切っちゃう?」
「いいねー!やれやれ!」

取り巻きの一人がハサミを持ち出して僕に近づくのが、滲んだ視界からうっすらと見える。

「やだ……やだよ、やめて、よ……!」

刃先が鈍く光る。 もうだめだ、と思って、固く目を閉じた。







「…………え……」

いつまでもハサミをいれる、「ザクッ」という音がしなかった。
そっと片目を開くと、目の前の男がいなくなっている。
他に目に入った奴らはみんな、驚いた顔をして一つの方向を向いていた。

その視線の先にいたのは、田宮君だった。

「お前ら、何、やってんだよ……!」
「た、田宮……!」
「お前ら金田になにしてんだよ!!!」

「ひっ……」
「逃げろ!!」

田宮君が大きな声を出すと、浜里君も、ほかの奴らもみんな逃げていった。
残ったのは、僕にハサミを向けていた彼だけだった。
そいつはお腹を抱えながら苦しそうにうなっている。文字通り「ぶっ飛ばされた」のだろうか。

「金田!!」

そのまま大きな声で名前を呼ばれて、思わず体が震えた。

「あ……田宮君……」
「大丈夫か?ほら……立てるか?」

助けに来てくれた。  また、助けられてしまった。
浜里達から解放された安堵と、田宮君に迷惑をかけてしまった気持ちがぐちゃぐちゃになって、僕は俯いてまた泣いた。

「っおい、金田、どうした!?」
「……っごめ……田宮君……僕、こんなんだからっ……迷惑で、ごめん、なさ……」
「お前が悪いんじゃないだ、気にするな!親友だろ?」

そう言って田宮くんはぼくの背中をさすってくれる。その手がすごく暖かくて、止まりかけた涙がまた溢れそうになった。でも、「だからもう泣くな」なんて言われたから……必死に我慢した。

「ね、どうして……ここがわかったの? 田宮君……委員会は?」
「無くなったんだ、先生に用が出来たらしくて。帰りの会が終わってすぐだったから、お前を追いかけようとしたんだけど、いなかったからさ。まさかって思って、で、探してたらアイツ等の笑い声が聞こえたんだ」
「それで……」
「うん」






しばらくして、僕の気も落ち着いたところで田宮君が口を開いた。

「じゃ、帰るか」
「う、ん」

田宮君に手を引かれて立とうとした。しかし、踏みつけられた足がズキズキと傷んでうまく力が入らない。右足は、転んだ時に出来た擦り傷から血が出ていた。

「いっ……つ……」
「足か?痛むのか?」
「う、うん……」
「おぶってやるよ、ほら、乗れよ」
「えっ?」

そういうと、田宮君は何の躊躇もなくランドセルを手に持ってしゃがんだ。

「え、え、そんな、いいよ、恥ずかしいし!」
「はは、なーに言ってんだよ、そうじゃなきゃ帰れねえだろ!」

ほら、と急かされて僕は彼の背に乗った。
田宮くんが立ち上がって歩き始めると、二人分のランドセルがガチャガチャと音を立てる。

「ごめんね、重くない?」
「へーきへーき!つーか、金田軽くね?もっとメシ食えよ?」
「ん……」

前より身長がぐん、と伸びた田宮君の背中が、いつもより大きいように感じる。

ふと、ずっとこのままでいたい、なんて思ってしまった瞬間、顔がカッと熱くなった。


何故だか、心臓がドクドクいうのが収まらない。 どうしてだろう?

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