操花の花嫁 弐

□三巻 闇より訪れし魂
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無償に泣きたくなる気持ちを押さえて、華はギュッと気を引き締めた。


「このままじゃ、ただの足手まといだ。」


それだけは嫌だった。
何も出来ないまま、大切なものを失いたくはない。


「こういう時は、初心にかえる。」


うんっと一人うなずいて、華は大きく深呼吸した。自分に言い聞かせるように言葉を身体全体に染みわたらせていく。
そうして目を閉じた華は、毎日特訓していた幼少期を思い出しながら、そっと小さな種を取り出した。


「わが身を守る盾となれ、守絡葉包(シュラクヨウホウ)!!」


本来なら、無数のツルがうねるようにして現れる。
が、やはり変化はない。


「……つ、次!!
種よ、わが言葉のもとに芽吹け、雷花念咲(ライカネンショウ)!!」


答える種の代わりに、カラスが鳴いた。


「……こんな簡単な技すら使えないなんて……。」


自分のふがいなさに落ち込む。
言霊なしに技が使えるようになったのは、もうずっとずっと前のこと。もしかしたらどこか間違っていたかもしれないと、その場に突っ立ったままつぶやく華の頭上で太陽はどんどん沈んでいく。

種は種のまま。

支配下における虫や鳥にさえ馬鹿にされる始末。


「もう、私なんていらないってことなのかな……。」


落ち込んだ気持ちはさらに落ち込んでいくばかりで、成果の得られない特訓の無意味さが手のひらから滑り落ちていった。


「ここで綺麗な花を咲かせてね。」


せめてもと、落ちた種に向かって華はそう言葉をかける。


「はぁ〜…力が無くなった原因がわかれば、もう少しやりがいがあるのになぁ。」


希望も持てるのにと見上げた空は、すっかりと赤い色を消し、一番星が輝いていた。
それをしばらく眺めていた華は、何かを思い出したようにハッと息をのむ。


「早く迎えに行って、帰らなきゃ!!」


多恵と光輝が怒るとロクなことにならない。
もしかしたら遥も帰ってきているかもしれないし、急ぐにこしたことはないと華が深緑の大樹に足を向けた時だった。


「────…ッ!?」


背後で何かが動いた気配がして振り返る。
そこにはただサワサワと風が生い茂る草の先を撫でるだけで、何もいなかった。

意識を集中させても何の気配も感じ取れないため、気のせいかとホッと胸をなで下ろす。だがその途端、声にならない自分の悲鳴に心臓が止まったかと思った。


「な…なな……──…っ…」


ゆっくりと自分の影が起き上がってくる。
よく見ると自分の影の上にいる何かだとわかるが、暗くなった周囲に溶け込むその姿を確認するのは難しかった。

強いて言うなら、真っ黒な人。

目や口といった表情はないのに、しっかりとした人の形だとわかる。
それが人でないとわかるのは、足がなく、地面から生えてきたかのように揺らめいて立っていることだが、華の頭はしっかりと現実逃避していた。


「な…何か御用ですか?」


震える声の相手は何も答えない。
異形なまま、ゆらゆらと不気味にゆれている。


「私、先を急ぎますので失礼しま…──ッ!!?」


最後の"す"は、息と一緒に飲み込んでしまった。
異様なほど黒い不気味な影に突如として捕まれた腕が、華を現実世界に引き戻す。

一瞬にして全身を駆け抜けた悪寒が、この影は決して"良い"ものじゃないことを教えていた。


「これは夢!?……じゃ…ないみたい?」


痛いほどに力の込められた腕を振りほどこうともがく華の周囲を、同じような人型の影が取り囲んでいく。
一体どこから湧いて出てくるのか、地面から吐き出されるように影は起き上がってくる。


「…ッ…還砂(カンサ)!!」


黒い影は、砂にならなかった。

わかっていたけど、状況が状況なだけに華の頭は混乱する。


「乱樹(ランジュ)っ!
岩鋼(ガンコウ)!!
穿種(センシュ)ッ!!!」


思いつく限り叫んでみても息が切れるばかりで、まるで歯が立たない。
効果がないばかりか、必死な華を無視するように影は華を引っ張りはじめた。


「は・な・しぃ〜てぇぇぇぇえ──」


道に華の抵抗の跡が残っていく。
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