操花の花嫁 弐

□三巻 闇より訪れし魂
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傍に近寄ってくる聞きなれた声の主をみたとたん、華の涙腺は勝手にゆるんだ。


「かける〜っ……。」


安心したように両手をひろげて求めてくる華に、翔が固まったのは言うまでもない。
白熱中の議論の合間に華の様子を見に来た翔にとって、これは予想外な嬉しい出来事だった。

しかし華の震える肩に気付いた翔は、そっと息を吐く。


「怖い夢でもご覧になりましたか?」


翔の胸に顔をうずめたまま、華は首を横にふった。


「なんだか…眠れなくて……」


苦しい言い訳だと華自身も思ったが、やはりそこは翔のこと。何も聞かずに優しくほほ笑みながら、震える華の背を撫でてくれる。

ただでさえ華のこととなると異常な心配を見せるのだから、無意味に言葉を並べるのはよくないと思った。
いや。
本当はまだ、華自身が信じていないのかもしれない。


「自分がきたからには、もう大丈夫ですよ。」


小さな子供がそうするようにギュッと服を握ってくる華の姿を困ったように眺めている翔が、どこか嬉しそうなのは否定できない。
翔にとってこの一年余りというもの、華と二人きりの時間などあってなかったようなもので、不謹慎ながら今の状態が少しでも長く続いてほしいと思っていた。

しかし、愛しい彼女の震えは一向におさまらない。


「華様?」

「翔……あのね……」


翔の胸に顔をうずめたまま、華は小さくつぶやいた。
翔の服を握りしめる手に力がこもる。


「お願いがあるんだけど……」


小さく声を震わせる華の髪を撫でていた翔の手が止まり、ふわりと優しく抱きしめた。


「はい、なんでしょう?」

「今夜だけでいいから、眠るまで傍にいて。」


もういい年頃なのだからと、断られたらどうしようと思っていた華は、クスクスと笑いはじめた翔を不思議に感じて、涙でにじんだ顔をあげる。
抱きしめたまま柔らかな笑みを向けてくる翔に、知らずと顔が赤くなった。


「そのようなお願いでしたら、喜んでお引き受けしますよ。」

「……本当?」

「なんでしたら、毎晩ご一緒しましょうか?」

「……いじわる……。」


わずかに視線を下げた華に、翔はどこか寂しそうな息を吐く。
翔にしてみれば本気の言葉も、華にとってはただの子供扱いのようにしか聞こえない。

まぁ、長年傍で仕えてきたのだから今更思いの先を望んでも、どうにもならないのだとあきらめるしかなかった。


「翔?」


自分の横を開けながら、首を傾げてくる華に翔の苦労は絶えない。
誰が好きこのんで、愛しい少女と一緒に布団に横になりながら、何もせずにただ眠るのを見届けると言うのだろうか。


「絶対、寝るまでちゃんといてね?」


念押すようにジッと見つめてくる華を目の前に、翔は「はいはい」と、苦笑しながら布団の上を軽く叩いた。


「ねぇ、翔……」

「なんでしょう?」

「……ううん。なんでもない。」


翔の反応を見る限り、彼はまだ気づいていないようだった。
ただでさえ問題が山積みなのに、これ以上の心配はかけたくない。

ギュッと布団の中で高鳴る鼓動を押さえながら、華はしっかりと目をとじた。

明日になれば、大丈夫。

ちゃんと何事もなかったように、笑顔を見せることが出来るはずだと言い聞かせながら、意識が遠のいていくのを感じる。


「華様。」


翔の声が遠くで聞こえた気がした。
でもそれに答える前に、華は意識を手放していた。
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