操花の花嫁 弐
□一巻 新たなる預言
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「遥、氷河で遊ぶな。」
「わたしは、遊ばれてなどおらぬっ!」
「って、言うてるんやけど?」
ピリピリとした空気は、晴れ渡る夏空の下にも関わらず、冷たく凍りついていく。
いら立つ要因がありすぎて、手に余る。
伝説を認めさせたい氷河と、話を先に進めたい光輝、あてのない議論にあきた遥が、お互いをにらみ合っていた。
終戦してから一年半。
十七年ものあいだ敵対し、気に入らなければ力でぶつかり合ってきた彼らが、そうガラリと変わるには短い月日だった。
争いを好まない華の手前、押さえていた忍びの血が騒ぎ出す。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突然大声を出した悠のおかげで、それぞれが我にかえった。
「やめじゃ、やめっ!
そもそも、わしは考えるんが苦手なんじゃ!」
今更自覚をし直した悠が、考えすぎて煮詰まりすぎた熱を払い落すかのようにパンパンと顔を叩く。
「華の力がのーなったんは、どうにもならん。
幸い、わしらの力は使えるんじゃ。何かあったら、守ったればえーんじゃ!
それだけじゃっ!」
「「「「………。」」」」
うんうんと、ひとり満足そうにうなずく悠に、なんとも複雑な視線が降り注ぐ。
悠本人は、頭の中で処理しきれなかった言葉をそのまま口にしただけなのだろうが、この淀みきった居間の空気を変えるには十分だった。
急に変わった空気の流れに、理解の追いついていない悠が不思議そうに首をかしげる。
「ん? どげんしたんじゃ?」
「別に。」
「なんね? 変な奴らじゃのぉ。」
わっはっはと豪快に笑う悠に、
「悠くんに、言われたくないんやけどねぇ。」
と、いつも笑顔の遥がつぶやいた。
「これで、一件落着じゃの。で、華はどこじゃ?」
「おそらく、いつもの場所におるのではないか?」
「だろうな。」
そうと決まれば行動あるのみと腰を浮かせた悠の問いに、氷河が答え、光輝が肯定する。
その答えを聞いた悠が腰をあげきる前に、それまで静かだった翔がふすまを開けていた。
「たまには、ほっとくんも大事やで?」
「言われなくても、わかっている。」
からかうように忠告する遥に、素直に座りなおした悠とは対照的に、振り返ることなく翔は出て行く。
「翔くんって、ほんまに過保護やんねぇ。」
「お前も人のことが言える立場では、なかろう。」
「え〜。そういう氷河くんこそ、この暑さに便乗して色々してあげてるやん。」
ねぇ?っと、意地悪く笑った遥に、
「何のことを言っておるのか、わたしにはさっぱりわからぬ。」
と、氷河は冷たいお茶を口にした。
しらを切りとおすことにしたらしい氷河をからかう遥を横目に、光輝もホッと息を吐く。
「なんも起こらんかったら、それが一番じゃの。」
悠が、その息を代弁するかのようにごろんと寝ころぶ。
翔が開けていったふすまの先には、綺麗な夏空が広がっていた。
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どこまでも青く広がる夏空の下に、華は立っていた。
照りつける太陽の日差しは、真上を覆い尽くす葉っぱのおかげで涼しげな木陰を描いている。
深緑の大樹。
草薙一族の御神木であり、この土地の守り主。
見上げてもなお、天にむかって伸び立つ大樹は、華達の住む屋敷から少し離れた小高い丘の上にあった。
「はぁ〜〜。」
あの時、居間を出てからまっすぐに向かってきた先は、他のどこでもなくこの場所だった。
自室にこもる気にもなれずに、ひとりになりたいときは必ずここにくる。