生命師-The Hearter-
□第1章 ライト帝国
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ガクッと、テトラが肩を落とす。
「俺は、ナタリーと2人でだなぁ!」
「えっ?」
「あっ、いや……なんでもない。それよりさ、チョコラを売ってる場所を見つけたんだよ。ナタリー、食べてみたいって言ってただろ?」
「えっ!? 本当!?」
うんうんとうなずくテトラの姿に、ナタリーは目をキラキラと輝かせた。
チョコラは、今世界的に大流行のお菓子。食べないわけにはいかない。
「早く行きましょ!リナルドじいさん、ねぇ…行ってきてもいいでしょう?」
2人の若者の切実な願いに、この老人は小さくうなずくことで答えて見せた。
その次の瞬間には、2人は嬉しそうに部屋を飛び出していく。
「待てよ、ナタリーっ!
ビースト!追いかけろ!」
チョコラの誘惑に忘れ去られたギムルがビーストの背中にまたがりながら叫び、呆れたように一度ため息を吐いたビーストも、前をいく若い二人を追いかけていった。
慌ただしく飛び出していった複数の後ろ姿を見送ったメアリーは、クスクスと笑いながら、開け放たれたままのドアを閉めにむかう。
そうして、ソファーに座る2人の元へ戻ってくると、リナルドとデイルは、何やら深刻そうな表情で話しこんでいた。
「そうですか。ウィザードが……。」
「このラティスは、多分大丈夫じゃろうが、最近の奴らの動きは目に余るようになってきておる。」
「噂に聞いたのですが、どうやらパードゥン公がウィザードに資金を工面しているとか……」
デイルは、目の前の老人に心配そうな視線を向ける。
「ウィザードが、バビロイ公国に拠点を置いているのは有名な話ですが……もうひとつ。
先週、パードゥン公がヴェナハイム王国から帰国する際、顔に大きな傷を持つ男と一緒にいたとか。」
「では、噂は……」
「……本当かと。」
途中で話しに加わったメアリーへと顔をむけて、デイルは頷いた。
「独立宗教国家のバビロイ公国が、反ハーティエストを掲げているのは世界の常識。それによって、ハーティエストの人権を尊重するライト帝国との関係が日々悪化してますからね……ここでヴェナハイムと手を組まれれば、分が悪い。」
「バビロイ公国とウィザードにヴェナハイム王国が加わる。そんなことになれば、また……戦争が起こりますね。」
「じゃが、クレア司教がそれを許さんじゃろう。」
リナルドが静かに言葉を落とす。
「いくら反ハーティエストを掲げているとはいえ、神に背く行為を"あの"クレア司教が認めるとは、到底思えんのじゃ。」
「そうなんすよね。もともとウィザードの在り方を疑問視していた方でもありますし……まぁ、まだ噂ですし、確証が何もない状態なんで。」
デイルは、すまなさそうに頭を下げる。
それをリナルドとメアリーは、お互いさまだと首をふってこたえた。
「クレア司教…そうですわね。24歳という歴代最年少司教として有名な方ですけど……ウィザードのイシスと顔馴染みだと聞いたことがありますよ?」
「メアリー、それはただの噂にすぎない。
仮にもパードゥン公と、バビロイ公国を共同政治している人物だ。クレア司教までウィザードに肩入れしていては、とっくに戦争が始まっているよ。」
「そうですね……アズール皇帝が、クレア司教と何度か対談されたそうですが…やはりバビロイ公国の人民が指示しているだけあって、パードゥン公よりも話が穏和(オンワ)にすすむそうですわ。」
「だろうな。パードゥン公が出てくると、いつもややこしくなる。ライト帝国との関係を悪化させたいのか、やたらとハーティエストを引き合いに出してくるそうだ。クレア司教が、なんとか関係を修復させようと、日々頭を悩ませているらい。」
「でしょうね。いえ…そうでなければ困りますわ。」
メアリーは、自身の体に刻まれたリナルドの紋章に手を重ねるように置く。
「ハーティエストにとって、今のライト帝国は唯一安全に暮らせる国……戦争には、なってほしくないわ。」
「何もなければ、いいがの。」
それまで2人の会話を聞いていたリナルドは、深い息を吐きながら窓の外へと顔をむけた。