生命師-The Hearter-

□プロローグ
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《プロローグ》


「何故だ。何故見つからぬ。」


ダンっと、男は目の前の壁を両手で叩きつけた。
夜も更け、他に物音ひとつしないこの暗い廊下に、その音はよく響く。


「荒れてらっしゃいますな。」

「やはり、そんなものないのではないか?」


わずかな月明かりに照らされた廊下に、中年の男の声が2つ、先ほどの男の元へと近付いてくる。

背が高くがっしりとした男は、その顔面にある大きな傷痕が目を引き付ける。
その男の後ろから、薄くなった髪の毛と、よくそこまで肥えることが出来たものだと感服したくなるほどの男が、ふんぞり返りながら続いた。


「必ず存在するのだ!もう15年も探しているのだぞ!?……何故見つからん。」


壁を見つめたまま、男が苛立たしげに吐き捨てると、近付いてきたばかりの太った男は、目をパチパチとさせてから、ケタケタと笑う。


「まぁ、そうカッカするな。グスター。あるのなら、いずれ見つかるさ。」


そのお気楽な物言いに、ますます苛立ちを募らせた男は、何か言い返そうと振り向いた。
が、それよりも早く、顔に傷のある男がすっと一歩前に出る。


「ひとつ朗報があるのですが。」


まだ冷めやらぬ怒りに満ちながらも、男は聞く姿勢を見せた。
その耳元に、傷の男は何やら囁いていく。


「ッ!!?」


傷の男の顔が囁くや否や、男の目から怒りが消えた。そして、驚きと喜びの入り交じった目に変わっていく。


「確かなのか?」

「もちろんでございます。」


ニヤリと笑った傷顔の男のせいで、フルフルと、小刻みに全身が震えていくのを感じ取っていた。


「そうか…っ…」

「なんだ。わしにも教えろッ!!」


1人おいてけぼりをくらった男は、その重たい体を揺らしながらドタドタと走り寄る。

しかし、その男がたどり着くよりも早く、2人は体を離した。


「ふっ…ははははは…そうか…そうかッ!!」


突如、壊れた玩具のように、男は笑い始める。
バンっと再び壁を殴りつけ、瞳孔は開いていた。

走り寄ろうとしていた男は、その巨体を大きく揺らして立ち止まる。


「ぐ…っ…グスター?」


あまりの異様さに、どうしたのだと太った男はうろたえた。
伸ばそうとした腕を引っ込め、自身の唇にあてる。
何を言ったのだと、困ったように傷顔の男に顔を向けたが、当然答えなどもらえなかった。
太った男が困惑の表情のままゴクリと唾(ツバ)を飲み込んだところで、高笑いが止む。


「グスター?」


もう一度、太った男は気遣わしげに呼びかけた。
その声が聞こえていないのか、壁に額をつけるようにして息を整える男は、廊下にもうけられたひとつの窓に視線を流していく。
最初の苛立ちはどこへやら、全身に喜びの感情を宿していた。
ゆっくりと、窓に近寄った男の視線の先では、夜にも関わらず、甲冑の兵士たちがウロウロと街を徘徊している。
生気を一切感じさせない亡者のように、その兵士たちは隊列を組んで静かな町を歩いていた。

いつもなら、そうさせているのが自分にも関わらず、それは苛立たせる要素の1つでしかない。が、今夜は違った。


「少しは、希望が見えてきた。」


その口元にふっと笑みをこぼすと、男はつぶやく。


「そうか、あのレオノールの…」


残虐に歪められた瞳は、月光のあかりをうけて、陰惨な光を放っていた。
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