生命師-The Hearter-

□第3章 地図から消えた王国
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黙々と静かな空間の中で、ページをめくる音、本を閉じる音、拾い上げて、放り投げられる音だけが響いていく。
あれでもないこれでもないと、幾度となく繰り返してきた単調な作業が、いよいよ終盤を見せ始めた時、ハティは偶然にも、さきほど埋もれる原因となった本を発見した。


「おっ……なんだよ、こんなとこにあったのかよ。」


今更見つけた所で…と思いながらも、ほこりを払いのけるようにして、ハティはその本の背表紙を軽く叩く。
ちらっと横目でその行為を確認したルピナスが、わずかに眉をしかめてみせた。


「それ、なんの本ですか?」

「なんのって……ん?」


ハティの言葉が途中で止まる。
尋ねられて初めて、ハティは自身の手に持つその本がなんの本だか表記されていないことに気がついた。


「なんだろな? なんかしんねぇけど、さっき見つけてよ…裏も…なんも書かれてねぇな。」

「少し貸していただけます?」

「ん? おお。ほらよっ。」


もともとは茶色で無地の表紙だったのだろうが、長い年月がたっているためか、薄くはげたような染みができ、角が少し丸くなっている。
よく見れば、閉じた本からのぞく中の紙も波上にうねりかけており、色あせたその表面は欠けたようにデコボコと不ぞろいだった。

まったく何の本か見当もつかなかったハティは、ルピナスに言われるがままに、素直にその本を手渡す。

なんなく受け取ったルピナスは、ハティ同様一通り本を眺めた後で、おもむろにその本を開いて見せた。


「あぁ……」


少し落胆したようなルピナスの声が染みわたる。


「参考になりそうなやつじゃなかったか?」

「どうでしょう?」

「んだそりゃ……意味ねぇんだったら、次探すぜ?」


とんだ期待外れだと言わんばかりに肩をすかせたハティは、ルピナスがたてるパラパラと本をめくる音をBGMに意識を作業へと戻しかけた。
けれど、やはり気になるらしく、すぐに顔をあげてルピナスの横からその本をのぞきこむ。


「妙に年期が入ってんな。」

「そうですね。たぶん、わが家系に代々受け継がれるはずの歴史ですよ。」

「アバタイト家の歴史?」


そんなものに興味はないと言いかけた所で、ハティはページをめくるルピナスの手を止めた。


「なんです?」


怪訝(ケゲン)そうな顔で、ハティに視線を送ったルピナスは、その表情を見て、また本に視線を戻す。


「何か気になる箇所でもありましたか?……特にこれと言って、プレイズに関する文章は見当たりませんが……」

「あぁ、そうなんだけどよ……なんか引っかかんだよな。」


ここと指差したハティにうながされて、ルピナスは本を抱え直して、その箇所を読みあげた。


「ヴィレラ歴112年、レオノール王国の王室生命師フォスター・プレイディッドが、不特定のモノに対して、故意に魂を定着させる方法を編み出したと発表。」

「フォスターの法則ってやつだろ?」

「そうですね。世紀の大発見だと、この発表によってフォスターは一気に有名になったのですし……まぁ、すぐに禁術になりましたけどね。」

「だよな。たしか、1年もたたねぇ内に、禁術に指定されたんだよな?」

「ええ。作為的に命を生み出した代償は、フォスターが身をもって味わったはずですよ。数千万もの悲しき魂が一度に生まれたせいで、残虐なハーティエストに殺害される人間があとを絶ちませんでしたしね。ウィザードの発足も、たしかその辺りからです。生命師狩りも始まって……マリオット戦争が始まる片鱗(ヘンリン)が見えていたころですよ。
世界中を狂気に巻き込んだとして、フォスターは捕らえられ、王室生命師という称号をはく奪され、処刑が決まったのは。」


頭の中の歴史と照らし合わせるようにハティの質問に答えたルピナスは、当時のことを思い出すかのように瞳を細める。


「暴虐化したハーティエストを制御できるハーティエストで消滅させようと、フォスターの法則を改良した術で、戦闘用の生き人形を大量生産する。そのために、生命師も多くかり出されましたからね。結局、それが命の論理に発展し、世界大戦……マリオット戦争がおこったのですよ。」

「その提唱を最初に持ち出したのが、レオノールのカーラー王だったよな?」

「そうです。この世に生きる者にはすべて等しく"こころ"があるのだと、強く戦争を非難していました。けれど他国からしてみれば、そんな論議をかわす暇があれば、ひとつでも多くの暴徒を鎮圧したかったのでしょうね。
特に、当時のプロメリア王国が甚大な被害をこうむっていましたし……ヴェナハイム王国がそれを助勢するために、兵器用に大量生産しようとカーラー王に話しを持ちかけたことが原因なはずです。」

「けど、レオノール王国は、一切首を縦にはふらなかった。だからグスター王は、自国だけで兵器用のハーティエストを生産してプロメリアの危機を救った。」

「いまでもヴェナハイム王国が軍事国家としてあり続けられるのは、当時のハーティエストが大量に残っているからですしね。ライト帝国もヴェナハイム王国に助けられた部分が少なからず存在しますし……レオノール王国が非道だと言われるようになったのも無理はないのでしょう。」


そこで一度、苦笑したルピナスは、唸(ウナ)るハティを見つけて本から顔をあげた。
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