生命師-The Hearter-
□第2章 即位15周年祭
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独特の感触とともに舞い落ちてきたギムルを受け止めながら、ナタリーはパチパチと目をまたたかせた。
「なんでいるの?」
記憶が正しければ、すぐ向かいの宿に部屋をとっている二人とは、昨日の夜中にわかれたはずだ。
まだそれほどたっていない朝食時に、この親子はこんなところで何をしているのかと、ナタリーは不思議そうに近づいた。
「おはよう、ナタリー。これからすぐに帰るんだよ。」
「えっ!?」
「仕事があるからね。ここへは挨拶(アイサツ)がてら立ち寄っただけだ。」
デイルが朝の挨拶ついでに、ここにいる理由を教えてくれる。
なるほどと、ナタリーは大きくうなずいた。
それから何故か立ったままのテトラへと身体を寄せ、ギムルを抱きしめたまま、ナタリーはジッとテトラを見上げる。
「テトラも帰っちゃうの?」
「へっ!?…あぁ…うん。
俺も仕事があるから……さ。」
「そっかぁ……残念。」
「えぇっ!?」
しゅんとうなだれたナタリーに、テトラが驚いたように目を見開いた。心なしか、どことなく嬉しそうなところは否定しない。
しかし、次に発せられたナタリーの一言に、淡い期待は見事なまでに砕け散る。
「オルフェに、お城に招待されてたからテトラも一緒にどうかなって思ってたのに…──」
「えぇっ!?」
「──…お仕事だったら、しょうがないよね。」
本当に残念だと、ナタリーは爆弾を投下した。
「テトラの分も、私がしっかりオルフェと遊んでくるからね。」
ナタリーはショックを受けて放心するテトラに、困ったような曖昧な笑みをむける。
内心、何も言い返してこないテトラが怒ってるんじゃないかと不安だった。
「俺は仕事なのに、ナタリーはお城で遊ぶのか!!」
と、うらやましさ半分、皮肉半分に怒鳴られることを覚悟する。
「俺も行く!!」
「仕事だろ。」
「…ッ…くぅ〜…うらやましぃ。」
気がつかなかったが、足元にいたらしいビーストがあきれたように声をかけたせいで、テトラは泣き真似をするように顔をふせた。
ギュッと胸が苦しくなる。
「テトラ、ゴメンね。」
自分一人だけが遊びに行くのは心苦しいと伝えるナタリーの声が、なんとも言えない空気に包まれた室内にながれていく。
「ギムルのこともあるし、何かお礼をしてあげたかったんだけど…──」
「いいんだ。もう俺のことは気にしないでくれ。」
力なく首を横にふるテトラに、ナタリーの言葉はさえぎられた。
「その代わりと言っちゃなんだけどよ。帰ったら、おっおおおお…──」
「お?」
「──…おっ…俺とプロリアズランドに行かないか?」
ガシッと、ナタリーは、必死の形相のテトラに肩をつかまれる。
固唾(カタズ)をのんで答えを待っているテトラの黒い瞳の中に、顔をほころばせていく自分の姿がうつっていた。
「行く!!連れてってくれるの!?」
ナタリーは、興奮のあまりに腕の中のギムルを放り投げる。
「テトラ大好きッ!!」
舞い上がった感情のままナタリーは、テトラを抱きしめた。弧(コ)を描(エガ)いて宙をまったギムルが、ビーストの背中に当たるのが見えたが、今はそれどころじゃない。
「世界最大のテーマパークに行けるなんて夢みたい!!やっぱりテトラって、最高ねっ。」
頭の中はすでに、巨大遊園地でいっぱいだった。
浮かれ過ぎて思わず強く抱きしめていたテトラが苦しそうにもがく。
「あ……ゴメン。」
あまりにも嬉しくてと、ナタリーは舌を出しながらはにかんだ。
気のせいでなければ、ゆでダコ以上にテトラの顔が、赤に染まっている。
「ナタリー、俺…俺……」
「ん?」
「ナタリーのことがす…──」
その時ちょうど、部屋の外の廊下から室内をたたく音が響いた。
「はぁい!!」
一番ドアに近かったナタリーは、煮え切らないテトラをすり抜けるようにして、訪問者のもとへとかけよっていく。