操花の花嫁
□一巻 預言の姫
2ページ/5ページ
「しかし、残った草薙の者はあまりにも少ない。
この十七年の間で私たちの生活も大きく変わってしまいました。」
申し訳なさそうに声を落とす伊織に、華は言葉をのみ込む。
「宿を探してらっしゃるのなら"京"という都に、草薙の者がおりますので、そしらを案内します。」
「原田さんとか言ったわよね。
なぜ、わたしたちが宿を探しているとわかるのかしら?」
華を翔の方へ寄越しながら、燕は伊織を睨む。
「そこの……。」
伊織が指差した先を一匹の蝶が舞っていた。
華のまわりを蝶は一回ぐるりと取り囲むと、その姿を再び家路を急ぐ人の中へと消していく。
蝶から視線を戻した時には、もう伊織の姿はそこにはなかった。
「行きましょ。」
華がそう声をかけると、燕と翔は無言のままその後ろに続く。
目の前を流れるように、ヒラヒラと舞う蝶のあとを三人は歩いていた。
無言なのは、それなりに緊張感を保とうとしているからなのか、草薙一族の現状を目の当たりにしたからなのかはわからないが、この張りつめた空気をやわらげるように華が話し始める。
「でも、今夜の宿、見つかってよかったね。」
「油断は出来ませんが、とりあえずといった所でしょうか。」
翔が苦笑しながらも華の口車に乗った。
「原田さんは、多分大丈夫だと思うよ。」
「確かに、虫を操ることが出来るのは、草薙一族のそれですが……」
「ここは風見一族の領地なのよ?」
翔の言葉をついだ燕が話に加われば、いつもの三人に戻る。
「いくら草薙の者でも、風見に手を貸すってことも考えられるじゃない。」
「でも…。」
「でもじゃないの。
華は、そうやってすぐ他人を信じちゃうんだから。」
困ったものだと燕は、左右に首をふった。
「そこが華様の良いところです。」
しゅんとうなだれる華に翔が優しい声をかける。
「華様が大丈夫だと判断されたのであれば、大丈夫ですよ。
何かあった時のために、こうして自分が傍にいるのです。
ですから、いつもご自身の思う通りに進んで下さい。」
「翔。」
「華様。」
道のど真ん中で、立ち止まる二人を、
「はいはい。
このわたしも忘れないでよね。」
と、燕が割ってはいる。
夕陽もすっかり影を落とし、翔が燕を睨む顔は華から見えなかったが、燕が翔に対して舌を出したのに気付くと、
「二人は仲良しさんだね。」
と、見当違いの笑顔で二人を困らせる。
「翔……道のりは遠いわね。」
燕のつぶやきに、翔は答えなかった。