操花の花嫁《参》

□一巻 紅葉の舞う頃
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一人じゃ何もできない。
文字通り、着物の帯を結ぶことはおろか、女として当然のことが華には何一つできなかった。

料理も、裁縫も、洗濯も……すべて。

原因となるものは、それこそたくさんあげられるのだが、それではダメだと華は同居人となった人間に日々家事を仕込まれる羽目となる。そのせいかおかげか、鬼のような教師を持った華は、今では一人で帯も結べるようになり、髪だってゆわえるようになったのだ。

だが、それを不服に思うものがただひとり。

それが、この翔という男だということは、言うまでもなく全員が知っている。


「こうして、華様の身支度を再び整えられる幸せを感じているのですから、抵抗はおやめください。」

「………。」


秋だからだろうか?

背筋にイヤな悪寒が駆け抜けた気がして、華は平然と髪をとかす翔へと振り向いたが、そこではいつもと変わらない笑みを浮かべた翔しかいなかった。


「どうかなされましたか?」

「ううん。別に………。」


なんでもないと小さく首を振りながら、華は顔を前へと向けなおす。

そこに広がる空は朱く染まっていて、とても綺麗だった。

こんな風に、秋の空をのんびり眺めることが出来るのを少し新鮮で、幸せな気分に感じるのは気のせいではないだろう。
幾姫の預言どおりに華が誕生したことで始まった、十七年にも及ぶ忍び大戦が幕を閉じたのは、たった二年ほど前のこと。時の権力者、御影忠康(ミカゲタダヤス)という人間を葬り去ることで、五つの種族は手を取り合い終戦を決意した。
そうして、一族離散の通達が全土に流れ、それぞれの頭首たちは華のもと……この操花の里で、いまもなお一緒に暮らしている。

共に新たな歴史を歩むこと一年半。

そう、記憶に新しい数か月前の夏には、忍び一族発端の始祖である和歌と朱禅(シュゼン)を桃幻花(トウゲンカ)という、人間の欲をかなえる石の呪縛から解き放ち、ふたりの恋愛を成就(ジョウジュ)させもした。

それぞれの一族に伝わる五つの封具。

桃幻花を破壊する際に用(モチ)いたゆかりの品は、各々に保管してあるはずだ。
いや、そうであってほしいと願う。

かつては敵対視していた全員が力を合わせ、初めて迎えた大きな試練を乗り越えた証として持っていてほしい。
手に入れたかけがえのない仲間たちと暮らせる、この平穏な日々が嘘ではないのだということをみんなにも実感してもらいたかった。


「秋だね。」


ぽつりとつぶやいた華の声は、そんな思いをにじませながら、深く切ない音を茜空へと染みわたらせていく。


「そうですね。」


華を整えきったことに満足がいったらしい翔の嬉しそうな声が、静かに華の声に重なった。


「秋も、冬もその先もずっと、こうして華様のおそばで、華様を守れるように、日々精進してまいります。」

「……っ…翔…」

「華様の笑顔が途絶えることのないように、この鷲尾(ワシオ)翔、この先訪れるいかなる困難にも耐え忍ぶ覚悟にございます。」


忠誠を誓う翔の仕草に、華が嬉しそうな顔を見せるのも……いつものこと。

そう、「いつも」のこと。

だからこそ、この穏やかな光景の周囲では、いつものように不機嫌満載といった殺気が満ち溢れていた。

何が嬉しくて、嫁にしたいと思う少女とその側近の、のどかで幸せそうなやり取りを見ていなければならないのか!?

華と翔が行う修行の一部始終を縁側に腰掛けながら眺めていたらしい四人の男たちの瞳は、確実にそういっている。が、華は空を眺めるのに夢中だし、翔は気づいていながら無視をしているのだから根本的な解決にはいたらない。


「なして、華の相手が翔ばっかしなんじゃ?!別に、わしでもよかじゃろ?」


文句の口火を切ったのは、ほどよく日焼けした浅黒い肌と、黒い短髪をした陽気な男。
片方の足であぐらをかいた上にひじをのせ、ついでに顎まで乗せた恰好のまま、縁側から飛び出たもう片方の足をぶらぶらと不満そうに揺らしていた。

おもしろくない。

態度そのものに感情を表している彼の隣では、先ほど華と翔の修業を切り上げさせた金髪碧眼の男がいる。


「悠(ユウ)が華の相手をするのが危険だということは、誰の目にもあきらかだろう。本気で一線を交えたいのならばともかく、これはただ能力を高めるだけの修業にすぎないのだ。それには、同族同士の手合わせが最適かつ有効だということは、まぎれもない事実。ゆえに、わたしたちはこうして傍観しているほかないといえるだろう。」

「せやけど、何が嬉しくて毎日こんな時間を過ごさなアカンのやろねぇ?」


異国めいた容姿をしているくせに、妙にかしこまった口調で状況を説明した男に続くのは、くせのある茶髪と独特の雰囲気を持つ、この男。


「悠くんも、氷河(ヒョウガ)くんも、真面目に見てるだけなんやもん。つまらへんわぁ。」


つならないといいながら、寝ぼけた目をこすり、ゆっくり体を起こしながら、盛大なあくびをこぼす。
その仕草が、熟睡していた証拠をあらわしているのに、当の本人はまるで今までの流れをすべて見ていたとでも言いたげに、不満そうな顔つきをしていた。


「華ちゃんも、せっかく力が戻ったとこやねんから、無理せんほうがいいと思うんやけどねぇ。」

「そうぼやくな、遥(ハルカ)。」

「そんなこといって、光輝(コウキ)くんも華ちゃんが相手してくれへんから、すねてたりするんとちゃうの?」


不満そうな空気をニコニコと表現できる笑顔の中に押し込んだ遥が見つめる先には、黒い眼帯をした白髪の男がいる。
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