操花の花嫁 弐

□終巻 桃幻花
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〈最終話 夏祭り〉



黄昏に傾いた空の下、陽気な太鼓の音が響く。


「よってらっしゃい!! みてらっしゃい!!
ハツ屋の団子!! 冷えた団子はいかがですかぁぁぁ!?」


一際通る声に、道行く人々はこぞって足を止めていく。大人から子供まで、それはもう見事な人垣が出来あがっていた。
その様子に、一体何事かと更に人は増え、そうして集まれば集まるほど、輪の中心人物の声は嬉しそうに大きくなっていく。


「ありがとうございます。十人前ですね? いやぁ〜、嬉しいから、もう一個おまけしちゃうっ。」


イキのいい声がはじければ、客も嬉しそうに笑顔を浮かべ、夏の暑さが人の熱気に変わっていく中、冷たい団子は脱兎(ダット)のごとく売れていた。


「ほら、善ッ!! お客様をお待たせしてんじゃないわよ!?」

「痛ッ!?」

「玄!! お礼くらい口に出しなさいよ!!」

「……ぁりがとぅござぃま……」

「ありがとうございまぁす!!」


頭を抱えながらうずくまる善を横目に、ぼそぼそと声をくぐもらした玄を押しのけるようにして多恵は頭を下げる。
口と手を同時に動かしながら、周囲に笑顔を振りまく神業をひょうひょうとやってのける多恵を挟むようにして、善と玄は疲れ切った顔を見合わせた。

言葉無くしてお互いの気持ちを理解し合った二人は、同時に青ざめた顔で大きく息を吐き出すと、愛想笑いを張り付けて客をさばくことに専念する。しかし、やはり片割れは、大人しく口を閉ざしていることが出来なかったようだ。


「もぉ…イヤやぁぁぁ!!
めっちゃ忙しいやん…なんなんこれ…なんなんこれ……なんなんゴッ!?」

「無駄口叩くんじゃない!!」

「ヒィィィィィ!?
すんません、すんません。」


あわれな善は、本気で泣いているようにも見えたが、文句を言いながらもきちんと客の相手をしているところは、さすがというべきか……玄にいたっては、無口ながらも無駄のない動きで多恵の機嫌を損ねないようにしているのだから、大したものである。
そんな二人を軽く怒りの捌(ハ)け口にしながら、多恵は飛ぶように売れる団子を満足そうに見送っていた。


「あら…次の箱で最後だわ……はい、はぁい。
善…〜〜ッ…善ッ!!」

「はっ…はぃぃぃ!?」

「立ちながら寝るんじゃないわよ!!奥行って、次の山を周と一緒に持って来て頂戴。」

「……へ?」

「早く行くッ!!」


客への笑顔はどこへやら、まさしく鬼の形相で殴る構えをみせてくる多恵から逃れるように、善はその場を飛び出す。

こんな時ばかりは、風見一族でよかったと心底思わざるを得ない。

なんとか多恵の餌食にならずに済んだ善だったが、残されている玄のためにも、早く周を引き連れて戻ろうと心に決めて奥の暖簾(ノレン)をくぐった。
……まま、硬直する。


「………。」


地獄から抜け出てきたところで、案の定、地獄と化している調理場に、善は深く肩を落とした。


「しゅ…周ッ!?」


肩を落とした先…足元で、死んだように倒れている兄弟を発見した善は、慌ててしゃがみこむと、助け起こすようにその身体を持ちあげる。


「周!!どないしたん!?
しっかりして!!」

「…っ…ぜ…善?」


小刻みに震えながら伸ばされた周の手を善はガシッと握り締めた。鏡にうつしたように瓜二つのその顔は、状況が違えど、お互いの身に降りかかる災厄をしのび合う。


「もぉ…イヤや……」

「周…」


いつもなら、ここで我慢強さを見せるはずの周が本気で泣いた。うんうんと、善も瞳にためた涙を流そうとした、ちょうどその時…──


「「ヒィッィィイィ!?」」


善と周の間を、音を荒げて鋭利な刃物が駆け抜ける。
ゴスッと、それは見事な音をたてて、太い柱に突き刺さった。


「「…ほ…包丁…?」」


小さな問いかけに、鋭利な刃物は光って答える。
危機一髪、お互いを弾き合うことで死を免(マヌガ)れた二人は、次の瞬間には強く抱きあいながら、その身を縮こまらせていた。
誰が見てもあきらかなのは、恐怖のあまり腰を抜かした哀(アワ)れな双子と、その視線の先で渦巻くどす黒い怒りの炎だけ。
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