操花の花嫁 弐
□終巻 桃幻花
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<其ノ三 大輪の花>
無数の星が見下ろすその先で、華と天羅はそろって膝をついた。
淡い桃色に光を放つ桃幻花の花園は、ところどころ地表を剥(ム)き出しにし、二人が足をつけるたびにチリと化していく。
「…はぁ…ッ…はぁ……」
荒く吐き出される呼吸の音だけが、耳にこだましていた。
全身が興奮し、感覚が冴え渡る。
他者の介入を許さない激動の嵐に、世界が唸り声をあげていた。
「はぁ…ッ!?」
妙に楽しい。
命のやり取りのはずなのに、全力でぶつかる感覚が懐かしかった。
忍の血か…それとも内に潜(ヒソ)む和歌の血か……
「土壁(ツチカベ)ッ!!」
華の前に、分厚く巨大な土の壁が出現する。
「──ッ!?」
その壁を砕き壊す勢いで、天羅が突っ込んできた。
身を翻(ヒルガエ)してそれをかわし、鋭利な枝を複数投げる。
そうして弾かれるように、お互いが後方に飛び、また同時に膝をついた。
「はぁ……ッ……」
ポタリと華のホホに、一筋の赤い線が浮き上がる。
天羅が手に持つ彗紋の剣(スイモンノツルギ)が、その血を吸っていた。
だが、天羅も傷をおっている。
華を切りつけた腕に刺さった複数の木の枝を忌々(イマイマ)しそうに引き抜いた。
「……ふっ…──」
苦しそうに吐く息の片隅で、お互いの口角があがる。
肩で息をしなければならないほど疲労しているのに、ぶつかり合う力は激しさを増していた。
華も天羅も一歩もひかない。
いや、引けなかった。
「穿種(センシュ)ッ!!」
華が無数の弾丸をはなつ。
「──…魅惨(ミザン)…」
天羅は竜巻を起こして、それらを跳ね返した。
「──…くっ…」
いくら華に力が戻ったと言えど、天羅はすべての力が扱える。
風も雷も火も水も…そして草も例外ではなかった。
「──…穿種返し…」
「キャァァッ!?」
自分のくり出した技が、そっくりそのまま返ってくる。
だが、勝算はあった。
すべての力が使えるからこそ、天羅は個々の強さを極められていない。
草の力は扱えこそすれ、土も石も天羅は自由に扱えなかった。
「……っく……」
地表に、華が滑る跡が続く。
残念なことに、華の体は限界を当に越えていた。
「ゴホッ…ッ…」
力が戻る前に受けた衝撃が大きすぎる。
雷神の鳴玉が、はなつ雷電に撃たれていただけに無理もなかった。
「…ッ…ゴホッ…」
起き上がる身体がふらつき、視界が揺れる。
「───…ッ!!?」
ドンッと弾き飛ばされる体。全身が強く打ち付けられ、景色が明滅した。
「……小娘が……ッ…」
天羅が思い通りに動かない腕に舌打つ。先ほど突き刺さった枝の毒が効いてきたのだろう。
それに加え、足首が地面に埋まり、全身がツタに絡みつかれていた。
「なかなか…しぶとい……」
「…ッ…」
華は、立ち上がる。
倒れているわけには、いかなかった。
「なんとか、翔たちのもと…へ…──ッ!?」
天羅に対する抵抗は、時間稼ぎにもならなかった。
また攻防の白煙が、闇の中に立ち上る。