操花の花嫁 弐

□五巻 守護する者
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<其ノ三 あかされた正体>



どうしてここにと、思わなくはない。
騒々しかった世界は、さきほどの見えない力に一掃されたかのように静けさを取り戻し、異様な幻想をかたどっていた。影たちでさえ、闇に溶け込んでしまったように姿が見当たらない。
気が抜けないと理解しながらも、突如あらわれたその姿形が、華の緊張をなんなく溶かしてしまっていた。


「朱禅さんッ!?」


無事そうな姿にホッとする。
ここに来るまでの経路でもそうだが、もしかして…と嫌な想像が頭の片隅にあっただけに、心底安堵の息がこぼれ落ちた。

無数の星がまたたいているとはいえ、月のない暗い夜空の下。暗闇に支配されるはずの荒れた山の頂上は、淡い桃色の光を放つ鉱石の花園のおかげで、少し離れた場所にたたずむ朱禅の顔がよく見える。


「よかった…無事だったんですね。」


次々に起こる不幸の連続に、気が滅入りかけていた華は、少し持ちなおったように笑顔を見せた。
たぶん、朱禅からも華の姿が見えているに違いない。
力無く笑い返してくれたあとで、華の前に立つ五つの結晶柱をジッと見上げた。


「みんなが…閉じ込められてしまったんです……」


困ったように、華は朱禅から翔たちに視線を戻す。
相変わらず変わり映えのない半透明の石の中で、五人は死んだように眠っていた。


「そうだっ!!」


ハッと、華は朱禅に振り返る。


「これ、桃幻花ですよね!?
朱禅さん、みんなを助けてもらえません……か?」


あれっ?と、華はあたりを見渡した。
たしかに、さっきまでそこにいたはずの朱禅がいない。幻覚だったのかと思えるほど、何の前触れもなく朱禅の姿は消えてしまっていた。


「たしかに、桃幻花に間違いありません。」

「──ッ!?!」


背筋が凍る。
真後ろから聞こえた声に驚いて身体を戻してみれば、翔たちの入った結晶柱と自分の間に、朱禅が背を向けて立っていた。

五人の最強を誇る男たちを一体一体個別に包み込んだ桃幻花は、この幻想的な空間の中にあってなお、異様とも言える雰囲気をかもし出している。が、それ以上に、華は朱禅の行動に目を奪われた。


「…朱禅…さ…ん?」


何も答えない朱禅の背に、華はそっと問いかける。

気配をまったく感じなかった。
朱禅はいつ、どうやって離れた場所から移動してきたのか見当さえつかない。
なんだか、怖い。

知っているのに、全然別人のようだった。


「…朱禅さん?」


知らずに身体が後退する。
忍びの本能が戦うかまえを華に通達した時だった…──


「───…ッ!?」


何が起こったのか、まったく理解できない。
ただわかっていることは、振り返った朱禅に強く腕をひかれ、その唇が強く重なっているということだけ。閉じられた長いまつげが、かすんで見えた。


「ンンン〜ンっ!!」


やっと現状に追いついてきた思考が、華の身体を暴れさせる。
仮にも婿(ムコ)候補の彼らの前で、他者に唇を奪われるなど言語道断。いくら油断していたとはいえ、あきらかな不注意が招いた結果だった。

それなのに、朱禅の身体はビクともしない。

押しのけようにも、舌は深く絡まるばかりで、逃れようにも、腰はしっかりと抱え込まれていた。
頭が朦朧としてくる。

どうして?

華の頭の中には、混乱が渦巻いていた。
朱禅を特別視したことはある。
ドキドキと胸が高鳴っていたことも、傍にいる時に安らぎを感じたことも否定しない。
今だって、どこか嬉しいと思っている自分がいる。懐かしさを感じてる自分がいた。


「……和歌……」


唇をはなして、更に強く抱き寄せてきた朱禅の声が耳に心地いい。
まるで何かの術にかかってしまったように、身動きが取れなかった。

心がとらわれてしまったように、意識がなくなっていく。


「──…ッ!?」


そんな華と朱禅の仲を切り裂くように、鋭い何かが駆け抜けた。


「彰永丸?!」


頭上を舞う一羽の大きなワシが、何をやっているんだと諌(イサ)めるように甲高く鳴き声を響かせる。
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