操花の花嫁 弐

□五巻 守護する者
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五巻 守護する者

<其ノ一 砦への旅路>



ギュッと結んだ腰紐と一緒に、気持ちが引き締まる。
何年ぶりだろう。
こうして忍びの血を感じるのは。

それこそ"くのいち"と呼ぶにふさわしい衣装に身を包んだ華は、普段の生活で使用している着物を丁寧に脇にたたみ付けると、そっと腰をあげた。

妙に心がざわついている。

それが本能からくるものなのか、これからのことに対する恐怖からなのか、そのどちらにもなのかよくわからないが、避けて通れない道が目の前にあることだけはたしかだった。


「燕(ツバメ)…どうか、力をかして。」


黒い髪をひとつに束ね、紐できつくしばった上に、おそろいのかんざしを差し込む。

"あんたなら大丈夫よ。"

そう言って背を押されているようで、少し心が落ち着いた。


「うん…大丈夫だよね。」


視線が置いたばかりの着物へと流れていく。

華が目覚めた時にはもう、朱禅は姿を消し、翔から薬を受け取った遥と光輝の力が"元に戻った錯覚"を覚えていた。
そう時間は変わらないはずなのに、平然と普段通りに振る舞う。
どこかぎこちない空気の中、華は戦への決心をした。


「草薙の頭領は私だもの。」


目を閉じて深呼吸する。
その目を開けた先にある着物の上には、操花の種が乗っていた。

無言でそれを手に取った華は、強く握りしめながら祈るように再度、瞳を閉じる。

手が小刻みに震えていた。

修行でも遊びでもない、本当の命のやり取りに、自分から身を投じていく。
力の回復がみられないまま、ただの人間として天羅のもとへ行かなければならいことが心もとないが、ジッと待っているという選択肢は存在しなかった。


「はぁ……」


華は目をあける。

不思議と怖くはなかった。

あるとすれば、足手まといにならないかという不安だけ。

"やる前から落ち込んでんじゃないわよ!"

燕の幻聴に苦笑する。


「そうだよね。
翔だって、こんなに作ってくれたんだし。」


操花の種をしまうついでに、腰にぶら下げた袋の中身に視線をむけた。
中には、影対策として翔が作った閃光弾が入っている。

光に弱い。

その弱点を見つけてくれた多恵は、いまだ意識が戻っていなかった。
心配な気持ちがないわけではない。

しかしながら、ありがたいことに、多恵のことをまかせておけるほどの救援が駆けつけてくれていた。


「華さまァァァァ!!」

「善くん。」


部屋を出るなり、たいまつ片手に駆け寄ってきた向井兄弟の一人に華は笑顔をむける。


「遥さまたちの準備は出来たようやけど……」

「私も出来たよ。」


どうやら呼びに来てくれたらしい善は、笑顔の華の姿を見て言葉を探すようにうなる。
不思議に感じながらも、華はクルッと回って見せた。


「ねっ、少しは忍に見えるでしょ?」


しかし、善はそれを真顔で否定する。


「ほんまにその恰好で行きはるんですか!?」

「え?」


何かへんかなと、華は自分の恰好を見下ろした。
取り立てておかしなところはないように思うが、やはり着物と違って多少足をさらすことは止むをえない。

動きやすさを重視したつくりだが、別に他の一族の娘だって同じ格好なのだから、特に華がおかしいというわけではなかった。


「敵に食われる前に、遥さまに食われんように気ぃつけて下さいよ?」

「……え?」


どこか変な場所があるのかと自分の身体に意識を向けていた華は、善の言葉をうまく聞き取れずに聞き返す。
だがちょうどその時、善とおなじふたつの顔が駆け寄ってきた。


「あっ、周くんと玄くん。」

「「華さま!?」」

「お疲れ様、屋敷中に灯りはともせた?」


駆け寄ってくるなり息をのんだ顔がそっくりだと思いながら、華は善にむけたときのように二人にも笑顔を見せた。
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