操花の花嫁 弐

□四巻 あらがえぬ宿命
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<其ノ三 苦悶の自我>



荒く吐き出す呼吸がおさまらない。
ドキドキと脈打つ鼓動、高い耳鳴り、ひどい頭痛。


「華ちゃん、大丈夫?」

「華様……。」


泣きそうな顔で覗き込んでくる二人になんとか笑顔を返すものの、華の胸中は怒りで荒れていた。

"存在意義もむなしいほどに散っていったわ。"

鼻で笑った天羅の言葉が、頭の中で呼応する。

今ここで心臓が鷲掴みにされたような苦しみを感じていなければ、華も雷鳴と強風が舞う戦陣に飛び込んでいただろう。


「あいつが持ってるのが、氷河の封具って決まったわけじゃないじゃない。」


多恵はそう言ってくれるが、その顔はひどく青ざめている。
それもそのはずで、氷の結晶におおいつくされた多恵の右手は恐ろしいほどに冷たいままだった。

溶ける様子もなければ、欠けもしない。
これが氷河一族の技でなければ、何だというのだろう。


「多恵ちゃん…待ってね。すぐに、その氷なんとかするから。」


悔しくて仕方がなかった。
天羅の言葉を否定できるほどの確証も、本物かどうか確かめるために剣を奪える力も、目の前で苦しんでいる親友を救える方法も、何もない。

こんな状況でさえ、本来の力が戻らない自分の非力さがたまらなく悔しかった。


「華ちゃん、あたしなら大丈夫だから無理しないで。」

「私も平気。こんなの…ッ……」


胸につけられた黒いアザが、濃くなっていくのがわかる。
だが、苦しんでいるわけにはいかなかった。

負けたくない。

この程度のことを耐えられないほど、弱くない。


「「───…ッ!!?」」


必死に身を寄せ合う華と多恵のもとに吹き飛んできたふたつの大きな影が、寸でのところでピタリと止まる。
光輝と遥は、宙に浮いたまま気を失っているように見えた。


「……これは……」


二人の身体をキラキラした細い糸が絡め取っていることに気付いた華は、翔の背中をそっと見上げる。


「翔…──」

「華様。少々、お傍を離れさせていただきます。」

「──…うん、行って。」


律義に頭をさげた翔が天羅に向かっていくのを横目に、華は光輝と遥へと視線を戻した。


「遥さん! 光輝さん!」


壁に激突しているはずの身体が、なぜか空中で回避されたことで、気を持ち直したらしい遥と光輝が目をあける。
そしてそのまま、また戦渦へと戻っていった。


「ちょ…ちょっと!?
今のなに!? どういうこと!?」


おかげで冷静さを取り戻した華のかわりに、多恵が冷静さを失ったように興奮する。
氷の中から多恵の手をどう取りだそうかと思案しながら、華は多恵の質問に笑顔で答えた。


「あれは…蜘蛛簾(クモスダレ)といって、見えない糸を幾重にも這って敵の動きを封じる技のひとつなの。
まぁ、さっき翔がしてみせたように味方を守る使い道もある……どうかしたの?」

「あたし、蜘蛛苦手なんだけど。」


ものすごく険しい顔をしていたから何事かと思いきや……女の子らしい一面を見せた多恵に、華はクスリと笑う。


「ちょっと!? 何よその笑いは!?」

「え?
多恵ちゃんでも苦手なモノはあるんだなって……」

「はぁ!? あるに決まってんでしょ!?
まっ、基本無敵の多恵さまも普通の女の子ってわけよ。」


ドンと胸をはった多恵に、華はまた笑った。
笑うと、気持ちが前向きになる。
守備の悪い現状もどうにかなりそうだと、希望が見えた気がした。


「こんな時に悠がいてくれたら、こんな氷一瞬で溶かしてもらうのにさぁ。あいつ、何やってんのかしら?」

「う〜ん…むしろ氷河さんの方が何とか出来るかもしれないよ?」

「どっちでもいいから早く帰ってきなさいよね。
そしたらあんなやつ、このあたしがぶっ飛ばしてやるのに…あ〜あ〜…肝心な時に使えないやつ。」


はぁ〜と、困ったようにため息を落とす多恵から顔をあげた華は、何か多恵の手を解放できる道具はないかと周囲を見渡す。
元気に振る舞っているものの、多恵の顔は青ざめ、寒いのか全身を震わせながらうずくまっていた。
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