操花の花嫁 弐

□四巻 あらがえぬ宿命
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〈其ノ二 来襲(ライシュウ)〉



衝撃の夜から一夜があけ、華は自分が気を失っていたことを知る。
黒い影の群れ、瀕死の遥の帰宅、ひと騒動を終えて静寂を取り戻した静かな朝の空気にホッと息がこぼれ落ちた。


「……天羅。」


封具を狙ってくる人物は、たったひとりしか思いつかない。
天羅の残したあざが再び消えていることを確認した華は、そっと身体を起こすと布団の中から抜け出した。

広間へ向かう廊下がとても長く感じる。

ゆっくり歩いていくつもりだったのに、気がつけば駆け足になり、いつもの風景が妙に閑散として見えた。


「──…っ…はぁ、はぁ……」


勢いよくふすまを開けた華に、室内の空気が流れてくる。
荒く呼吸を繰り返しながらその視線を受け取ると、華はがっくりと肩を落とした。


「悠さんと氷河さんは?」


目当ての人物の姿がないことに、華は小さく顔をしかめる。
でも本当は聞かなくてもわかっていただけに、聞いてしまった自分に後悔した。


「まだだ。」


あえて"まだ"だと言ってくれた光輝に感謝しながら、華は広間へと足を踏み込んでそっと腰をおろす。


「無理せんでもええんやで?」


心配そうに顔を寄せてきた遥に、華はそのまま同じ言葉を返したかった。
翔と光輝が協力しあったおかげで、遥は瀕死の状態から奇跡的に回復した。
しかし、いくら見た目に支障をきたさないほど回復したと言っても、まだ万全ではないはずだ。


「俺らがここにおるから、華ちゃんはゆっくり休んどき?」


その優しさに心温まる。
遥の気遣わしげな瞳を見つめ返しながら、

「私も一緒に待ちます。」

と、華は言い切った。


「そうか。」

と、遥は一言だけ述べて、それ以上は何も言わなかった。
同じく、光輝もただ黙って瞳をふせる。

ふたりとも落ち着かないのだろう。
だんまりを決め込んだ静寂な室内は、そわそわと落ち着きのなさが漂っていた。


「そういえば、翔と多恵ちゃんは?」


いてもいいはずの人物が見当たらないことに、華は首をかしげる。
もしかしたら眠っているのかもしれないと思うものの、あの二人に限ってそれはないことはわかっていた。

そんな華のわずかな疑問に、光輝と遥が答えてくれた。


「翔は朝食の支度だ。」

「多恵ちゃんは、朱禅くんの様子を見に行ってんで。」

「……あっ……」


案の定、眠っているはずのなかった二人の居場所を聞いて華は小さく声をもらす。
すっかり気が動転していたせいで、自分の仕事を他人にまかせてしまっていた。

翔のことはもとより、朱禅に関しては自責の念がこみ上げてくる。

多恵のことだから心配はいらないだろうが、多恵と朱禅が二人きりだという考えが、妙に心をざわつかせていた。
いったい何がそう感じさせるのかはわからないが、時々無性に朱禅の傍に行きたくなる。


「華。」

「……えっ?
あっ…はっはい、なんですか?」


ボーっと自室のある方角に顔を向けていた華は、低い光輝の視線に気づくと慌てて顔を戻した。
胸の中に渦巻く感情を見透かされたような気がしてドキドキと鼓動が落ち着かないが、悟られないようになんとか平然をよそおう。


「夕刻までに戻ってこなかったら、どうする?」

「……えっ?」

「預言が必ずしも、今回のことを示しているとは限らない。
が、封具がそろわなくとも俺は行く。」


封具がそろわなくともと仮定したのは、最悪の事態を想定してのことだろうと思う。
しかし、その話を持ち込んでくる時点で、華は光輝の気持ちを知った。
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