操花の花嫁 弐
□四巻 あらがえぬ宿命
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四巻 あらがえぬ宿命(サダメ)
<其ノ一 かける者たち>
預言の示す時は間近にせまり、敗北を体中にきざみこまれた華達は、朱禅の助言を得て封具を集めることに決めた。
それぞれの里に眠る、それぞれの封具。
華のもつ操花の種、光輝の右目にある雷神の鳴玉、遥が守り切った風神の勾玉。
五つある内の三つが手元にそろい、残すは火野一族に伝わる焔硝の壺(エンショウノツボ)と氷河一族に伝わる彗紋の剣(スイモンノツルギ)の到着を待つばかり。
期限は二日後に控えた祭りを考慮して、明日の夕刻までと決めてある。
往復だけでもそれ相応の時間を有するだけに、南北に散る火と水の守護者たちは急いでいた。
そして時は遡ること数刻前、まだ太陽が西の彼方に沈むそぶりさえ見せない長い夏の空が広がる下で、陽気な声が響く。
〜焔の里(ホムラノサト)〜
「そげなとこでゴロゴロしちょらんと、ちったぁ働いたらどげんね!!」
日に焼けた肌を惜しげもなくさらし、降り注ぐ陽光をうけて走り回っている子供たちをぼんやり眺めていた中年の男は、威勢のいい女の怒鳴り声を受けてゴロンと大きく寝がえりをうった。
「あ〜〜〜……暇じゃぁ〜……」
畳の上で一日中怠惰に過ごしていたからか、関節のいたるところがきしむ。
肩をならすように片肘を突きながら大きく欠伸をこぼそうとした彼は、直後にはたかれた頭に目が飛び出したようだった。
「ええか!? ちゃんとやっちょけ!!」
上から見下ろしてくる鬼のような鋭い瞳に睨まれて、男はドンっと目の前におかれた豆の山に手をのばす。
のっそりと身体を起こしながら文句のひとつでも言うのかと思いきや、まるであきらめたように男は豆の皮をむきはじめた。
「なして、ワシがこげなことせなイカンのじゃ……」
「自分の酒のアテぐらい、自分でこしらえんかッ!」
「──…〜ッ…やっちゅーがじゃ、そげな頭ばっかり叩くんじゃなか……ほんに───」
「あ゛!?」
「──…わしはエー嫁をもろたのぉ。」
容赦なく突き刺さった視線を乾いた笑い声でごまかすと、男は作業に集中するかのように手を動かし始める。
夫の頭をはたいたばかりの手を腰にあてた女は、その背中に漂う哀愁をとらえて苦笑の息を吐き出した。
「寂しいんじゃったら、悠に"たまには顔見せ"言うたらよかじゃろ?」
「なっ!!?」
顔を赤くした男の手から、豆が勢いよく前に飛んでいく。
それを慌てて追いかけながら、
「なんちぃよんのかや……」
と、男は小さくぼやいた。
「なして、ワシが寂しいとか思わないけんのじゃ……心配もしちょらんし、あげな性分でやっていけちょんのか気にもしちょらんッ!!」
「………。」
「嘘じゃなか!!」
「………。」
「ただ…ワシから頭領の座、奪いよってからに、ちぃとも里におらんのはどうかと思うちょるだけじゃ!!」
白けた瞳で見つめてくる妻相手に、男は饒舌になる。
あくせくした態度が何も隠し切れていないのに、本人はバレていないとでも思っているのだろう。拾い上げた豆をかごに戻しながら、フンと威厳を見せるように鼻を鳴らした。
「烈にたんと土産も持たせたっちゅーに、なんも言うてきよらんちゅーのはどげんじゃ?
ちょいとは懐かしか気分にならんっちゃか?」
その後もブツブツとぼやきながら小さく背を丸める夫の姿に、妻は盛大な息をこぼす。
「どんこんならん……なして、あたいはこげな男に惚れてしもたんかの。」
あきれたように頭をふるしぐさも随分とさまになっているが、ぷちぷちと豆の下ごしらえをこなす男を眺める視線はどこか愛しげだった。
「ほらッ!!
元気ださんね!!今夜もパーっと騒いだらよかじゃろ?」
「……ほうじゃな。」
「しゃきっとせんか!?
そげなことじゃったら、豪傑(ゴウケツ)の閃(セン)言われた名前が泣くで!?」
バシッと頭をはたいた妻に振りかえった男は、痛そうに後頭部をさすりながら苦笑する。
そして、
「ほんに、暁夏(アキナ)はエエおなごじゃな。」
と、また顔を豆の入ったかごに戻した。