操花の花嫁 弐
□三巻 闇より訪れし魂
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<其ノ三 夜影>
"封具とかいうので、力が戻るかもしれないじゃない!!"
わずかに見えていた希望は、完全に断たれてしまった。
多恵の言葉が頭の中を反復しているが、多恵に言われる前からそうじゃないかという希望を少なからず持っていただけに衝撃は大きい。
「まさか、操花の種が封具のひとつだったなんて……。」
手の中に握り締めたそれを覗き込む。
何の変わり映えのない小さな種は、力を与えてくれるばかりか、力が無くなった日に手に入れたものだ。
封具によって光輝が使った龍瞑奏(リュウメイソウ)のような秘技をあつかえるのだとすれば、すでに華は草薙の秘技である蓮花(レンカ)を使えるはずだった。
しかし拾った時から肌身離さず持っているにも関わらず、封具のひとつとされる操花の種は、華に特別な力を与えようとはしない。
「大事なときなのに……。」
落ち込んだ声が風に流れていく。
無くしてはいけないと、操花の種をしまいこんだ華は赤く染まる空へと顔をあげた。
「明後日…か……。」
本当に、この空に花が咲くのだろうかと思う。
だが、多恵が催す祭りは明後日に迫り、幾姫の預言が示す"空に大輪の花が舞うとき"というのは三つ子が知らせてくれたように、その祭り意外に当てはまることがない。
「…はぁ〜……」
がっくりと肩を落とした華は、深い息を吐き出しす。
どう考えても、明後日までに力が戻るとは思えなかった。
朱禅が言うように昨夜戦った天羅は、封具無くして勝てる相手ではないが、それ以前に力無くして勝てる相手ではない。
まるで赤子の手をひねるかのように扱われたことは、誰よりも華達自身が身を持って知っていた。
「悠さんも氷河さんも間に合うかな……?」
もう一度空を見上げれば、赤く染まった空の彼方で太陽が座っていた。
あの空の彼方に消えた悠と氷河の身を案じる。
たとえ預言に関係していなくても、このまま天羅にやられっぱなしにはなりたくないと封具を集めることにした華達は、朱禅のいう品物を各自持ってくることにした。
それぞれの里に眠る、それぞれの封具。
氷河に至っては心当たりがあるようだったが、悠は煮え切らない顔のまま姿を消したために不安が残る。
「遥さんは、もうすぐ帰ってくるかな?」
太陽とは真逆の方の空を見上げれば、すでに夜の片鱗を見せ始めた空があった。
あの空の下では、風見の里で遥が風神の勾玉を探しているはずだ。
多恵が帰ってきたことで、団子屋で重労働を強いられている三つ子の代わりに遥が出向いたのだからそう時間はかからないだろうと思う。
"俺がおらん間、光輝くんに近寄ったらアカンで。"
出がけ間際に遥が残していった言葉を思い出して、華は苦笑した。
光輝はすでに封具を持っているために、屋敷にとどまっている。
遥の言葉を守るわけではないが、華は現在一人でいた。
「翔…怒るかなぁ……。」
多恵と光輝が残る屋敷を振り返っていた華は、進行方向に身体を戻すと、その先に立つ大きな樹を見つめた。
気がついた時にはもういなかった翔は、たぶんそこにいると思う。
「私が持ってること知ったら、がっかりするだろうなぁ……。」
ちゃんと言っておけばよかったと後悔しても遅い。
夕食の準備を始めた多恵と朱禅の見張りをしているらしい光輝を残して、華は翔を迎えに来た。
いや、正確には迎えに行く途中で何度も足を止めては、こうして深い息を吐いていた。
重たい足取りで、先行き不安な未来に胸が苦しくなる。
「……あっ……。」
一羽の蝶がヒラヒラと目の前を横切っていく。
華に気づいていないのか、ゆっくりと羽を動かしていた。
「……おいで。」
いつもそうするように、華は手のひらを差し出す。
「………。」
見向きもしないで飛んでいった蝶の姿を、華は悲しそうな瞳で見つめた。
座りこんでいた太陽さえ、その姿に絶望するように沈んでいく。
なんだかもう、泣きそうだった。