操花の花嫁 弐
□三巻 闇より訪れし魂
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〈其ノ二 封具の在処〉
「ふっふっふっふっふ…──」
真夏の炎天下で、その不気味な笑い声は響いていた。
口から洩れているのは間違いなく笑いのはずなのに、何故かその口元はひくつき、眉根は痙攣をおこしている。
「──…ふっふっふふふふふふふふふふ…───」
本格的に笑いだしたが、うつむいているその顔はよく見えない。
絶対に怒っている。
そう確信した華と翔は、目の前で笑う人物の前で並んで正座しながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「──…で?」
にっこりと素晴らしい笑みの向こう側に見える、どす黒い怒りの炎は気のせいではないだろう。
「だ…っ…だから……その……」
だらだらと嫌な汗が伝うのを感じながら、華は隣に座っている翔を盗み見た。
しかし、あろうことか翔は物言わずに黙って前を見つめたまま動こうともしない。
「この猫の手も借りたいほどクソ忙しい時期に、目まぐるしく働いていたあたしが、どうして帰ってきたのか知りたい?」
「……ッう……」
知りたいけど知りたくない。それ以前に、汚い言葉づかいを注意出来もしなかった。
「そうねぇ〜…──」
もったいぶる姿に華はグッと唇をつぐんだが、その瞬間から怒涛のように吐き出される言葉に、目さえもきつく閉じる羽目となる。
「夜空に竜神さまが出たとかで、御影はやはり呪われているだとか、忍びと共存する祟りだとか、今朝から町中のいい噂になってることは、あえて言う必要もないんでしょうけど?
えぇ、もちろん。
そんなことを言う輩にはお灸をすえてきたわよ!!
で、帰って来てみればなぁに!?
全員傷だらけな上に知らない男が転がり込んでいるじゃないのよ!!」
「「………。」」
「何か事情があるんでしょ!?んなこたぁ、わかってんのよっ!
華ちゃんにまかせた家事全般は、翔がやってしまうんだろうなぁ〜。
せいぜいあたしが想像できてたのはそれくらいよ!!
誰が屋敷半壊の被害を想像できるのか、言ってみなさいよ!!
はぁはぁ……っ、まぁいいわ。
あたしが怒ってるのは、そんなことじゃないのよ。
さぁ、なんだと思う?」
他に怒ることがあるのだろうかと、華は顔をひきつらせたまま多恵を見ていた。
さきほど、息を切らせながら青ざめた顔で帰ってきたこの屋敷のもうひとりの主に、おおかたの説明をし終えた華と翔は、話したことの全てが逆鱗に触れていたことを知る。
まだ何か言い忘れていたことがあっただろうかと、華は思い当たることを口にした。
「れ……烈くんが来たこと…とか?」
「烈を中に入れたの!!?」
「えっ!?…いや…その……」
火に油をそそぐように、見当違いな答えで多恵の怒りをあおった華の姿をみた翔が、仕方なさそうに肩を落とす。
「何も心配ありませんので、団子屋にお戻りください。」
棒読みにも近い翔の言葉に、雷が落ちたかと思った。
「あぁ、そう!!
それが出来るんなら、とっくの昔に戻ってるわよッ!!」
ついに言葉では足りなくなったのか、多恵の足がバンッと前に踏み込んだ。
止まったかと思った心臓は、蝉の声をつれて動き出す。
「ねぇ、どうして何も教えてくれなかったの?」
足をしまいこみながら座りなおした多恵の瞳に、華は胸が締め付けられるのを感じた。
ひどく寂しそうにゆれる瞳に、言葉がつまる。