操花の花嫁 弐
□三巻 闇より訪れし魂
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三巻 闇より訪れし魂
<其ノ一 奇襲>
真夏の夜は寝苦しい。
いや、こと華たちの住まう屋敷に至っては、氷河の施した術式のおかげでそれなりに気温は下がっているのだが、頭の中で渦巻く思考のせいで華はまったく眠れずにいた。
「ぅ〜。」
月は高くのぼっているものの、もうじき新月になろうとしているからなのか、その光はかぼそい。
いつも以上に灯りの少ない自室で、少し離れた場所には朱禅がいた。
ごろんと寝返りをうった華の目に、落ち着いた寝息をたてる朱禅の姿がかすかに見える。
「結局……話しそびれちゃった。」
はぁ〜っと、華の口からはもう何度目になるかわからない息がもれた。
わからないことは、わからないまま。
考えた所で答えなど出るはずもないことはわかっているのに、疑問が浮かんでは消えていくのだから仕方がない。
「五つの力……か。」
本当に朱禅が昼間に口にした力は、草、火、風、雷、水をあらわすのだろうか。
もし本当にそのすべてを扱える人物がいるとするならば、このまま一人で考えているわけにもいかない。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「天羅って人のことも気になるし……。」
和歌と"同等"ということは、彼もまた五つの力を持っているということになる。
一人だけでもそんな力を持つ人がいること自体信じられないのに、二人となってはもはや冗談ではすまされない。
なにより時期も悪い。
朱禅が冗談を言うような人物ではないだけに、預言に過剰反応する同居人たちの驚く顔が容易に想像できた。
「これ以上、心配させたくないんだけど……。」
華の悩みはつきない。
昼間に風見の三つ子がそろって残した、
「空に花が咲く」
という言葉で、幾姫の伝えようとしていることを解読しようと、彼らは寝る間も惜しんで議論しあっている。
その上に、ありもしない話題を提供できるほど、華の心は強くなかった。
「…はぁ〜……」
今夜は特に眠れそうにない。
そう思いながら、華がまた寝がえりをうとうとした時だった。
「───…ッ!?」
高い耳鳴りが頭を支配していく。
気のせいかと思ったそれは徐々に高く鋭さを増し、突然の出来事に訳もわからないまま華はきつく目を閉じた。
───そこに、おったか……
「!?」
すぐ近くで聞こえた冷たい声に、ハッと目をあける。
嫌な汗が全身をつたっていたが、目の前にはいつもと変わらない景色があるだけで、耳鳴りもやんでいた。
「い…いまの…な…に?」
周囲を警戒しながら半身を起してみるも、少し離れた先で眠る朱禅は、相変わらず規則正しい寝息をたてていた。
聞いたことの無い声のはずなのに、妙に耳に残っている。
夢だと思いたいのに、震えの止まらない全身がそれを否定していた。
「大丈夫…だいじょ…───ッ!?」
思わず抱きしめた自分の体に息をのむ。
寝巻の合わせ目がわずかにひらき、そこからのぞく白い肌に男の手の大きさほどの赤黒い紋様がくっきりと残っていた。
もちろん自分でつけたんじゃない。
強く押しつけられたかのように、はっきりと目にうつる。
血のように赤いそれは、まるで華を所有物だと主張しているようだった。
「……っ……。」
合わせ目を強く握りしめながら、絶対に夢だと言い聞かせる。
大きく鳴り響く自分の心臓さえ恐怖をあおり、目を閉じることができない。
歯の根があわないまま、震える身体を再度強く抱きしめた時だった。
「華様? どうかなさいましたか?」
「ッ!?……っ〜…かけ…る?」