操花の花嫁 弐
□二巻 封印の王
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二巻 封印の王
<其ノ一 譲れぬ立場>
翌朝。
大きな白い雲が今日も青い空に浮かび、夏の一日がはじまる。
「……っん…。」
小さく身じろいで目をこすった華は、知らずに眠ってしまったのかと青年を見つめた。
「よかった。」
何のかわりもなく寝ている姿に安心して、ホッと息をつく。
結局あのあとも、青年が目を覚ますことはなかった。
「和歌さんって……誰だろう?」
昨日、彼にそういって抱きしめられたことを思い出す。
つかまれた手首には、いまもその感触が残っているようだった。
「その人……大丈夫かな?」
切望するように、逃げろと囁いた声が忘れられない。
傷だらけで空から降ってきたこと以外、何の情報も得られない彼のことが華は、なぜか歯がゆかった。
「少しでも何かわかれば、助けてあげられるかもしれないのに……。」
そう華がこぼした時だった。
「華様、起きてらっしゃいますか?」
と、遠慮がちな声がかかる。
うんと、青年を起こさないように小さく答えた華に合わせるように、音もなく開いたふすまから翔が顔をのぞかせた。
そして身体をすべりこませると、また音もなくふすまはしまる。
「薬をお持ちしました。」
「えっ?」
「多少骨は折れましたが、これで大丈夫かと。」
こんなに朝早くから、薬を手渡してくれる翔を華はジッと見つめた。
なんというか、胸がいっぱいになった。
青年を招き入れてからというもの、どこか刺々しい空気が流れていたのは華もわかっていた。
素性もわからない他人を安請け合いした自分にあきれてしまったのかもしれないと、内心不安だった華はその手におさまった白い薬に顔をおとす。
「ありがとう、翔。」
「華様の頼みですから。」
優しい翔の声に安心した。
いつもの翔がそこにいて、いつもの翔を思い出す。
「眠れなかったんじゃないの?」
「心配にはおよびません。」
長い付き合いになる華には、わかっていた。
けれど、あきらかに一睡もしていないその顔に、笑みを浮かべながら心配させないように振る舞う翔に、華もただ笑顔で答えた。
「効能は、保障します。」
「うん。」
昨日、驚異の集中力で新開発された草薙の薬の効力は、身を持って保証できると翔が胸をはる。
そわそわと落ち着かない翔に、華はクスリと笑った。
「心配してないよ?
翔が作った薬が効かなかったことなんてないじゃない。」
「……いえ……。」
そうではなくてと、翔は言葉を飲み込んだ。
華はまだ気づいていなかったが、廊下でふすまに耳をあてる四人の男たちもどこかソワソワと落ち着かない。
「翔は何をしとるんじゃ!?」
「相手は華ちゃんやからねぇ〜。」
「華に手渡さずに、直接くれてやればよかったものを。」
「やつにそれが出来るとは、思えんがな。」
朝イチで華の部屋から男を追い出すことを目的とした一蓮托生の動きには、手に汗握るものが感じられる。
結局誰もが寝ずの番をしたせいで、陽気な夏空の下には似つかわしくない雰囲気が漂っていた。
「和歌っ!?」
「「「「「「───っ!!?」」」」」」
その声に誰もが驚いて、動きを止めた。
「翔っ!!」
ついで華の声が聞こえる。