操花の花嫁 弐
□一巻 新たなる預言
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〈其ノ二 新参者〉
華の立ち去った居間では、沈黙という名の重苦しい空気が流れていた。
蝉の鳴き声が耳の中を出入りするも、難しい顔で華の座っていた場所を見つめる彼らにその意識はない。
「まだ、夢のなかっちゅーことは……。」
「ないだろうな。」
複雑な心境のまま頭を抱える悠の横から光輝がバッサリと否定した。
沈黙が続く。
「あれは、ほんに幾姫の預言じゃと思うかの?」
「全員がそろって同じ夢を見てるんやから、そうなんやろねぇ〜。」
光輝の横で華の居た場所から動こうとしない遥が、手の中の石をもてあそびながら答えた。
「華ちゃんの力が、現になくなってもーてるし……まぁ、夢やて思いたい気持ちはわかるんやけどねぇ。」
「華の気配が消えていくのを感じ見に行ったが、それらしきモノは見当たらなかったしな。」
遥のきざむ石の音にかぶせるように光輝が深い息を吐けば、その言葉を拾った氷河が向かい側でうなずく。
「華自身にも自覚を感じさせぬほど、わたしたちの力を奪えるものがいるとは思えぬ。預言をみたその日に、華の力が消失したとなれば、単なる偶然にしては出来過ぎておるというものだ。」
「たしかに華様は普段その力を使われないとはいえ、草薙の歴史上類をみないほどの力の持ち主。突然、そのすべてが消失するとは思えない。」
翔の落ち込んだ声に、再び沈黙が舞い落ちる。
そろってみた預言は、たしかに幾姫のものであることは間違いなかった。
説明するにはあまりにも難しいが、自信をもってそう言いきれる。
「ちゅーことはじゃ、預言にある"導くものの光"が、華っちゅーわけかの?」
「そういうことになるだろうな。」
結論を口にした悠に、光輝が肯定する。
その直後に、力任せに机をたたきつける音が響いた。
誰もが強く目を閉じる。
「なぜ、華様ばかりがこんな目に……。」
ぎりぎりと歯をかみしめる翔に誰も何も答えなのは、その思いが嫌というほどわかるから。
華のでていく間際の顔が頭から離れずに、今も胸を苦しめる。
それなのに、かける言葉が見つからなかった。
「わしもそれは、あんまりじゃと思うて幾姫に聞きよったがじゃ。じゃけど、邪魔が入ったからのぉ。」
「邪魔?」
「おまんらが、わしの二度寝をさまたげたんじゃろうが!? なんね? もう忘れよったんかのぉ?」
馬鹿にしたように首を横にふる悠に、冷たい視線が突き刺さる。
当の本人は話のわからんやつらじゃと大きくため息を吐いているが、それに誰も抗議しないのは悠がこういう男だということをわかっているからに他ならない。
悠とは違った、あきらめに近いため息がそれぞれの口からもれた。
「やけど、封印の王ってなんなんやろねぇ?」
各々に言いたい言葉を飲み込んで、遥が話をもとに戻す。
「神話や伝説の類とは、考えられるのではないか?」
「氷河、なんでも伝説に持っていくな。」
「せやでぇ、光輝くんの言う通りやわ。そんな存在も確かやないやつは、いれへんほうがエエよ。」
一瞬キラキラと輝いた氷河の瞳は、前に座る二人の男に否定されると、むすっとしたそれに変わる。
氷河にとって憧れの存在は、伝説と呼ばれている人物なのだから仕方のないことだったのだろう。
「伝説は、時に実在しうるものを反映しておるのだ。」
フンと、小さく鼻を鳴らしてそっぽ向いた氷河に、これまた悠にかけられた息と同様の息がかけられた。
「華様……。」
今までの会話を洗い流してしまうほど、翔の声は暗かった。
まるで魂が抜けたように打ちひしがれる翔の脳内は、華のことでいっぱいといった様子で、これ以上預言についての話し合いは出来そうにない。
「じゃが、預言はわからん部分が多すぎるのぉ。」
「それでも、幾姫の預言は絶対だ。」
「もうちと、わしにもこう……なんちゅーがじゃ?
わかりやすう言うてもらえんもんかのぉ。前みたいに、預言に踊らされるんはゴメンじゃ。」
「すでに踊らされてると思うんやけどねぇ?」
くすくすと笑う遥が視線をむけると、氷河はわかりやすく顔をそらした。