生命師-The Hearter-
□第1章 ライト帝国
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第1章 ライト帝国
《第1話 旅の始まり》
世界最大の帝国、ライト帝国。
大きなビガ大陸の3分の1を占める広大な敷地を所有し、世界人口の半分が住んでいると言われるほどの大帝国。
しかし、そんな帝国にも古い田舎はある。
どこまでも広がる農村に、ポツリポツリとしかない小さな家。
自然豊かで、さえぎるもののない広い空は見渡す限りに真っ青だった。
「晴れてよかったぁ〜。」
両手を大きく広げながら、くるっと一回転する。
ふたつにくくった髪が、弧を描いて肩に舞い落ちた。
「おい、ナタリー。浮かれてっと、転ぶぜ?」
「あら、大丈ぶッ!?」
「ほら、言わんこっちゃねぇ。そんなんで最年少生命師がつとまんのかよ?」
「言ったわね!!ギムル〜〜!!」
芝生の上に転がったまま、ナタリーは目の前にいた"うさぎのぬいぐるみ"を強く抱き寄せた。
フワフワの白い毛と垂れた耳に、真っ赤な目。首もとにまかれたチェックのリボンと茶色のチョッキがなんともいえない愛くるしさを漂わせているウサギは、カエルが踏みつぶされるような声をあげながらジタバタと暴れる。
「寄せッ!やめろ!!
ナタリーに俺って、似合いすぎて嫌なんだよ!!この俺様が可愛く見えちまうだろーが!!」
「何言ってるのよ? 私が抱かなくても、とっても可わ──」
「──わぁぁぁ!! 言うんじゃねぇよ。ったく、ヒヤヒヤすんぜ。あっ、汚れちまってら、ナタリーのせいだかんな!!」
全長50センチの白くて丸っこい小さなウサギは、"二本足で立ちながら"まるで"人間のように"その汚れた箇所をパンっパンっと器用にはたいた。
可愛い。
声を大にして叫びたい。
「ったく……こんなにイカすハーティエストは、世界中探しても俺様の右に出る奴はいねぇってのに、汚れてるなんてシャレにもなんねぇぜ。」
「白いから、汚れがすぐ目立っちゃうものね」
「そうなんだよなぁ。まっ、今に始まったことじゃねぇし、そこはしゃぁねぇよ。俺は、ナタリーに魂を吹き込んでもらって、ナタリーと喋れるようになっただけで幸せだからな。そんな小さなことは、気にしねぇんだ。」
「……ギムル……」
「俺だって男だ。器の小さな発言はしねぇ!!」
腕を組もうとしたのだろうが、短かすぎてうまく組めない。
何度か挑戦して、困ったようにうつむく姿は、思わず抱きしめてしまいたくなるほどだった。
「かぁわぁいぃ〜〜!!」
「うぎゃぁぁ! ヤメロ!!俺様を可愛いって言うんじゃねぇ!!そして抱きしめるな!!
ナタリーと俺の相性は、良すぎて最悪なんだよ!!」
よくわからないギムルの屁理屈を無視して、ナタリーは更に強くウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
フワフワと弾力のよい触り心地が、なんともいえないほど気持ちよかった。
「いいじゃない。どうせ、誰も見てる人なんていないんだし。」
周囲を見渡して、本当にそうだと思う。
地平線まで見えるほどの広大な草原と畑、隣と呼んでいいのかと思えるほど距離の離れた場所に小さな家があるが、そこの住民は当の昔に越してしまっていた。
「メルカトル王国との国境付近といえど、ここはド田舎中のド田舎…モーナ村だからな。」
「でも、私はわりと好きだよ?」
「俺様は、こんなちんけな場所で終わる人生なんてゴメンだぜ。ナタリーも、ちゃんと人間の友達くらい作った方がいいぜ?」
「あら、テトラがいるじゃない。」
「て……」
ナタリーの腕の中で、ギムルはいっきに顔をひきつらせる。しかし、そのひきつった声が言葉になって紡ぎだされる前に、ナタリーは一頭の馬車に向かって大きく手を振っていた。
「ホースぅぅ〜、おはよぉ〜。」
片手でギムルを抱きしめながら、もう片方の手でナタリーはやってくる馬車に向かって声をはりあげる。
驚くべきことに、"全部"が木で出来た馬車は笑いながらあいさつを返してくれた。
「リナルドじいさん。ホースが到着したわよ。」
一言で可愛らしいと表現できる家の玄関に向かって、ナタリーは馬車の到着を告げる。
しばらくして、てっぺんがハゲかかった長い白髪と髭(ヒゲ)を絡ませた老人が、
「はいはい。」
と、腰を曲げながら姿をあらわした。
白いフサフサの眉毛のせいで、どんな瞳をしているかは定かではないが、この老人は、どこか楽しそうにほほ笑んでいる。
そして、そのしわがれた左手の甲には生命師の証しである紋章が刻まれていた。