生命師-The Hearter-

□第5章 動き始めた世界
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《第4話 9人目の生命師》



ハーティエストが存在する以上、この世に不思議なことなどそこら中に存在している。
マネキンが喋ったり、ぬいぐるみが動いたり、宝石がはばたいたり……それは、ここに来るまでの間に散々目にしてきた光景でもある。

でも、本自体はもとより、本の中の絵が意志をもつなどあり得るのだろうか?

いや、現実にこうして目の前であり得ているのだから、十分にありえるのだろう。
しかし、生命師が魂を吹き込むほとんどは、その姿がより具体化したものが多い。それは、その方が人間がより愛着を持ちやすいからに他ならないからでもあった。


「僕、本のハーティエストっていったら、生ける屍以外に知らないんだけど。」


レシピを読み上げてもらうため、勉強の手助けをしてもらうため、ページをめくるのが面倒だからなど、あげればキリがないほどこの世には大量の本が"いる"。
それらは見つけ次第、焼却処分されるが、意志を持つ賢い本なんかは、どこかの本棚でそっと息をひそめたりしているらしい。


「危険度は最下層だけど、本の種類によっては、知恵が最上級なやつもいるからね。」


だから一概に気を抜くことはできないと、オルフェはひとりうなずいてみせた。

そんなオルフェと、ほぼ直線状に位置する窓に腰掛けたまま返答を待っている本の中の老人は、あろうことかナタリーに向かって満面の笑みで手を振っている。
それをすわった目で見つめながら、オルフェは小さな声でナタリーとテトラに耳打ちした。


「なにかの罠かもしれないよ?」


それは、十分に考えられる事実だった。
でも、言いかえて見れば、こんな本をよこしてきそうな人物が思い当たらない。

ハーティエスト嫌いのウィザードならば、こんな回りくどいやり方は絶対にしないし、バビロイ公国にもそれは同じことが言える。ヴェナハイム王国のハーティエストは、もっとわかりやすい格好をしているはずだった。

甲冑やら、大砲やら、それこそ城そのものがハーティエストなんじゃないかという都市伝説まで存在している。


「罠っていっても、生ける屍が俺らを狙う目的ってあんのか?」


生ける屍自体に狙われる覚えはないと、テトラがオルフェに不可解な顔を向けた。
これにはオルフェもう〜んと、曖昧な返事を返す。


「おいッ!チンタラしてねぇで、さっさと行こうぜ!」

「「「………。」」」


誰のせいでこうなったのか、ギムルはわかっていないに違いない。


「このポンコツも動かねぇんだしよ〜、ここは騙されたと思って、いっちょ、あのカルトって本についてってみりゃいいじゃねぇか!!」

「ポンコツにしたのは誰なんだよ!?」

「チッチッチ、テトラの邪魔さえなけりゃ、俺様はもっと可憐な運転さばきを見せてやってたぜ!!なぁ〜、ナタリー?」


そこで話題をふるのか?
泣きながら怒るという、なんとも複雑な顔をしたテトラにたいして、勇気ある発言をしたギムルの頭をナタリーはついにたたくことに成功した。
ボフッとなんとも気持ちいい感触に、敗北感がいなめないが、そこは仕方がない。

この深刻な空気を読めないギムルが悪い。

一度くらいこのウサギにも、なにかしらの罰は必要だった。


「あんまりふざけてると、その口を縫い付けるわよ?」

「あい、わかうぃまふた。」


ビヨーンっとのびたギムルの口が、ようやくことの重大さを悟ってくれたらしい。
おしゃべり以外に能のない可愛いウサギは、静かにカルトという本と窓越しに向き合ったままジッとしている。


「俺が言うのもなんだけどよ……このまま、ここにいたってどうしようもなくね?」

「じゃあ、テトラはあのボロボロの本についてくっていうの!?僕はヤだよ〜。」

「でも、現状どうしようもねぇだろ?こいつ……壊れちまったんだしよ……」

「「………。」」


どんよりと落ち込んだ空気がいたい。
確かにテトラのいう通り、ここでジッとしていても何も始まらない。
だからといって、オルフェのいうように、あの本についていくという選択肢だけではなかった。


「とりあえずさ、荷物まとめて外に出てみない?」


ナタリーは、空気をやわらげるように頭を悩ませる2人を外にうながす。
その気づかいに苦笑しながらも、テトラとオルフェは、ナタリーの提案を快く受け入れてくれた。
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