生命師-The Hearter-

□第5章 動き始めた世界
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《第2話 罠にはめられた少年》



プロメリア王国のように、ここライト帝国でも本格的な雨脚が強まってきていた。
野次馬たちは、いまだに広場から帰ろうとはしていなかったが、それでも自然には勝てないのか数は大分減っている。

どんよりと薄暗い王都。

昼を過ぎ、夕方になるにつれて荒れていく天気に、人々の心も深く沈んでいた。
普段は、うるさいほどに活気のある街も今日は妙に大人しい。
外を歩く人もまばらで、自由に動き回っていたハーティエスト達でさえ、息をひそめたようにその姿は見かけられなかった。


「くそっ!!」


そんな王都よりも更に薄暗く、ほのかなあかりさえ満足に届かない地下牢で、その声は無駄に響く。壁に反響し、返ってきた自身の声に、ハティはもうひとつ苛立ちの声をあげた。


「俺たちは犯人じゃねぇって、何回言えばわかるんだよ!!」

「ウルサイ!!多くのものが目撃しておるのだ!!大人しくしていろ!!」

「…ッ…」


生命師を見張るのは、ハーティエストではなく人間でなければつとまらない。
たった1人しかいないこの門番が、本当のことを知っているとは思えなかったが、そんなことが問題にならないほど、ハティ達のおかれた立場は、いたって深刻そのものだった。

殺害現場にいた。

それも、殺害時刻とほぼ一致している裏付けがとれたとあれば、本人たちが否定したところで所詮は無理な話。
皇帝殺害の国家反逆者として、処刑されることは必須で、逃げることのできない運命でもある。


「まんまと罠にかけられましたね。」

「ああ……無実を証明するには、証拠が何もねぇしな。」


牢屋の一番奥で、見張りから離れるようにして座っていたルピナスが、あきらめたようにやってきたハティに話しかけた。
いや、話しかけたというよりかはつぶやいたと言った方が正しいのだが、結果として、ハティが答えながらルピナスの目の前に腰を落ちつけたのだから仕方がない。


「街ですれ違ったやつらもいなけりゃ、門管もやられちまってたし……城の中でも俺らの姿をみたやつはいねぇ。」

「わたしたちがタイミング良くやってくることを想定していたとは思えませんが、相手はウィザードですからね。おおかた、どこかで監視をしていて連絡を取り合ったんでしょう。」


それ以外に考えられないと、ルピナスはハティに苦悶の表情をみせた。


「ロキのことで先走って行動したわたしたちも悪いですが、ウィザードの連携は称賛に値します。」

「だな……つーか、そのロキはどこで何やってんだよ。いくら門前にいたハーティエストが全滅させられてたッつってもよ、早朝に城の門を開城出来るのは、生命師パスを持ってる俺らくらいだろ?てっきり、現場にいるとばかり思ってたぜ。」

「ええ。それは、わたしもそう思っていましたよ。ロキが城の門を開けさせなければ、そもそも場内に侵入することすら出来なかったはずですからね。」


ロキが何かしらの形で現場にいるとばかり思っていたハティとルピナスは、真犯人の手がかりを探るように記憶を思い起こす。
しかし、2人そろって頭を悩ませるようにうなったところで、1人うつむいたままのアンジェのすすり泣きが聞こえてきた。


「「………。」」


ハティもルピナスも、ひざをたててうずくまるアンジェに沈痛な面持ちを向ける。

2人だって見ていた。

生臭い人間の血に染まった室内は、目を閉じればすぐそこで触れられそうな錯覚さえ植えつけている。まさに、惨劇と呼ぶにふさわしい現状。
いくら普段からハーティエストを埋葬してきたといっても、人間と人形はやはり違うものなのだと痛感せざるを得なかった。

どれほど外見が人間と見分けがつかなくても、身体を失えばその魂が天に召されることが同じだと言っても、似て非なるモノ。

失われた命は、永遠にかえってこない。


「……アズール様…アイリス様……」


アンジェの小さな悲痛の叫び声だけが、振り絞るようにして牢内にこぼれ落ちていた。
それに触発されたのか、気丈に振る舞っていたハティやルピナスでさえ無言の心情をあらわにしていく。


「いくらモノなる者に魂を与えられても、本当に召喚されてほしい方の魂は、この世に戻ってきてはくれないんですよね。」

「当たり前だろ……そんな不老不死の力がありゃ……ん?誰かきたぜ?」


重たい空気をかもしだしていた地下牢に、ガシャンガシャンと似つかわしくない音が響き始めたことに、いち早く気付いたハティが、そっと腰をあげた。
一体何事かと、伏せりっぱなしのアンジェをそのままにして、ルピナスも視線をむける。


「おっ、おい!!止まれ!!ハーティエストが、こんなところに何のようだ!?」


見張りらしく、潔(イサギヨ)い声でハーティエストの侵入を尋問した門番は、その瞬間にハッと敬礼をしながら、やってきたばかりの甲冑の兵士に道を譲り渡した。
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