生命師-The Hearter-

□第5章 動き始めた世界
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第5章 動き始めた世界

《第1話 不穏の影》



分厚い雲が垂れ込めた空から、ポツリポツリと地上に自然の恵みが降り注ぎはじめる。
やがて、それは無数の雨粒に変わり、ナタリーがわずかにまぶたを動かしたときには、しとしとと悲しい音が染み渡っていた。


「………ん…」


まだ、眠りから覚めたくない。

半分眠ったまま寝返りをうつと、ギシリと音をたててベットがきしむ。


「ナタリー。」

「…ん…ギムル…あと、もう少しだけ……」

「ナタリー〜。」

「……ん〜……」


二度寝の誘いに逆らうことなく、ナタリーは適当に相づちを打っていた。
後ろからもたれかかりながら、肩を揺すってくるギムルの行為が心地よくて、ますますナタリーは眠りに誘われる。

雨がふっているみたいだし、こんな日は外に出られない。

だから、ゆっくり、満足がいくまで眠りにつくべきだとナタリーは気持ち良さそうに、布団の中で丸まった。


「………。」


そこで、妙な違和感に気づく。


「………ん?」


いつもの匂いじゃない。
布団だって、いつもよりずっと薄っぺらいし、ベットもこんなにきしんだ音はあげないはずだ。

まだ開かない目を少しよせながら、ナタリーは確認するように手でその辺を触ってみた。


「………。」


寝ぼけた頭がフル回転していく。


「ッ!?」


長い沈黙のあとで、ようやく現実に追いついた意識がナタリーを正常にたたき起こした。
ガバッとはね上がった半身の反動で、ナタリーの肩を揺すっていたウサギがベッドから投げ出される。


「ぬぉぉぉッ!?」

「はっ……えっ?」


変な声と柔らかな音がした方向に慌てて顔を向けてみると、見事にすすけたギムルがそこで転がっていた。

思わずナタリーの顔がひきつる。

こんな陰気な朝からギムルとケンカになるのはゴメンだと、ナタリーは戦闘体制さながらに固唾をのんでそれを見守っていた。


「んだよ……やっと起きたと思ったらこれかよ。あーあー……汚れちまったぜ。」

「…ご…ゴメンね?」

「あ?別に気にしてねぇよ、それよりナタリーは大丈夫なんだろぉな?」


ここは、夢の中なんじゃないかと、ナタリーは疑惑の瞳でギムルをみつめる。
短い手で自分をはたきながら、ゆっくりと起き上がる可愛さはいつもと一緒だが、普段ならここで憎まれ口をたたくはずのウサギが大人しかった。

それどころか、逆に気遣うような言葉をかけてくる。


「……ギムル?」


困惑を隠しきれないナタリーの声が、戸惑いながらギムルを呼び寄せた。


「っしょっと。で、どうなんだよ!大丈夫なのかよ?」


どうしたんだろうか。
ベッドをよじ登ろうとしながら、心配そうに見上げてくるギムルが可愛すぎて変に感じる。

ギムルじゃない。

あるはずのない熱でもあるんじゃないかと疑いながら、ナタリーはその身体を抱き上げた。


「どうかしたの?」


ナタリーは、ギムルの両脇の下に手を差し込んで、その身体を顔の前にぶらさげる。

垂れた耳が、さらに垂れているように見えた。


「…ッ…急に倒れたりするから、心配したじゃねぇか!!このバカヤロー!!俺は…俺は、ナタリーがいなくなったら生きてけねぇんだぞ!悲しくて……死んじまうかと思っ……」


キーンと耳鳴りがしそうなほど大声をあげたのも束の間、そこでうつむかれると、抱き締めないわけにはいかない。


「ナタリー…ナタリー…俺様を残していったり、しねぇよな?」

「……うん。当たり前じゃない。」

「だよな…ッ…うん。いくら乳が足りなくても、ナタリー以外を主人になんて俺様は持ちたくねぇんだよ。」

「私も可愛すぎるギムル以外のハーティエストは、いらないわ。」


お互いに、しみじみと抱き合う様子が、少し異様な空気を含み始めた。
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