生命師-The Hearter-

□第3章 地図から消えた王国
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第3章 地図から消えた王国

《第1話 波瀾の幕開け》


式典も無事に終わり、日常に頭の中が切り替わった王都ラティスを暖かな日差しが照らしている。
相変わらず、色とりどりの人が入り乱れて騒がしかったが、それはこの雄大な城の中までは届かない。

水を打ったように静まり返る玉座。

金色の瞳をもった少女。

隠されてきた歴史の1ページを目の当たりにした生命師たちは、そろって放心していた。


「そんな……」


腰を抜かしたアンジェは、床に尻餅をつく前に、青いおかっぱのターメリックに支えられる。ルピナスの顔からは、笑顔がすっかり消えてしまっていたし、ハティは、大きく首をふって後退しようとするくジュアンの肩を押さえたところだった。

ナターシャ・アン・レオノール

妙に懐かしく響く名前。初めて聞くような名前なのに、どこか知っている。

不思議な感覚だった。


「私…が……?」


茫然としたナタリーの声が、シンとした王間に染み渡っていく。

時間が止まってしまったみたいだった。

信じられないどころの話ではない。
たった今、告げられたばかりのリナルドの言葉を誰かに嘘だと言ってもらいたかった。


「……冗談じゃ……」


それはありえない。

目の前に見えるリナルドの顔も、その奥に腰かけたアズール皇帝の顔も、あらためてみるナタリーの瞳に真剣なまなざしを向けていた。

こんな状況で冗談は言わないと、2人の瞳が物語っている。


「15年前…ライト帝国の王室生命師だったわしは、レオノール王国の王室生命師だったフォスターの元へむかっておったのじゃ。」

「リナルドじいさん……が?」

「うむ。フォスターの法則により、レオノール王国は孤独な魂が溢れかえっておった。不必要に産み出された多くのハーティエストは、至るところで残虐な暴徒と化し、人々は恐怖になす術(スベ)もない。当時隣国であったヴェナハイムとの仲は最悪だったがために、助けは求められんかったのじゃ。わしはその鎮静もかねて、当時ライト帝国の皇帝じゃったオーガ様と、他の生命師ともども、レーヴェの地におりたった…──」


ナタリーを納得させるためなのかどうかはわからない。けれど、静かに話し始めたリナルドは、驚愕に押し黙るナタリーに否定を口にする隙もないほど有力な情報を与えようとしていた。

思い出すように、リナルドは深い息を吐き出す。その白いふさふさの眉毛の下に見えた瞳は、どこか憂(ウレ)いを携(タズサ)えたように揺らめいていた。


「──…状況は壊滅的。これが、あのレオノールかと……地獄に降り立ったようじゃった。そんな中、フォスターは行方不明となり、混乱に支配された王国にヴェナハイムの軍が攻めてきたのじゃ。」


誰も何も言わない。
語られる過去を、資料として残されていない国の最後をただ黙って聞いていた。


「一気に燃え広がった戦の炎は、ハーティエストだけでなく国中を飲み込んでいった。わしは、カーラー王の安否が気がかりじゃて…──」


リナルドが言葉につまる。
ナタリーは嫌な予感がして、そっと瞳をふせた。


「──…ヴェナハイムの軍隊に占領されたレオノールの城に潜入することは、少々困難を極めたものの、わしはなんとか玉座の間にたどり着いた。だがそこで見たものは、血濡れたハーティエストの残骸と、折り重なるようにして亡くなっていた王と王妃。そして……返り血を浴びたグスター王、ただひとり。」

「………。」

「グスターは何やら立ち尽くしておったが、わしに気づかんようじゃった……その時、ふと思い出したのじゃ。王女の姿が見当たらないと。」


ハッと顔をあげた先には、いつもの優しいリナルドの顔。小さすぎて何も覚えていないはずなのに、差しのべられた腕の暖かさが、わかるような気がした。


「わしの行動は早かった。グスターに見つかる前に助け出さなければと、城の自室で眠っておったナタリーを見つけ出し、善良なるハーティエストの体内にかくまわれて海を渡った。
そして15年間、わしは隠れるようにして金色の容姿を受け継ぐ、レオノール王国最後の王女を育ててきたのじゃ。」


そう締めくくったリナルドは、「よくここまで無事に育ってくれた。」と、ナタリーの頭を撫でる。依然静寂に包まれる王間は、不釣り合いなほど明るい陽光が差し込んでいた。

知らなかった。

正直、実感がわいてこない。

夢を見ているんじゃないかと思っても、ずっと見てきた自分の容姿は、否定の出来ない事実だった。
今は茶色に染めている金色の髪も、普段はコンタクトをしている金色の瞳も、透き通るような白い肌も……生命師としての紋章も。気持ちとは反対に、身体にもつ全ての証拠が、ナタリーを王女だと認めている。
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