操花の花嫁

□二巻 忍び寄る魔の手
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<其ノ二 渦巻く不安>



んっ……と一瞬苦しそうに眉をしかめた華が、ゆっくりと目を開ける。
鼻に流れてくる森の匂いに大きく息を吐き出せば、生きていることを実感した。

すっかり赤く染まった空が生い茂る葉の隙間から見える。
はぁーと息をもう一度吐き出せば、小さくささやきあう声がふたつ。


「本当に気がぬけないわね。」

「悪い。」

「もういいわよ。
翔だけが悪いんじゃないんだし、わたしだって同罪よ。」

「しかし……。」

「ほら。済んだことは気にしない。
華が無事だった。
それだけで充分でしょう?
……大変なのは、これからよ。」

「ああ。」


どうやら声の主は、翔と燕のようだった。
会話から察するに、華が襲われた事についての反省会のように聞こえる。

落ち込んだ翔の声が、ズキリと華の胸を締め付けた。

そこであらためて、朝の出来事が思い出されて体が震える。

華は初めて狙われる恐怖を知った。

苦しくて、怖くて、でも手足どころか声さえも出ないまま、まるで引きずり込まれるように意識が遠のいていく感触。
翔が気付いてくれなければ、あと少し遅ければ。

そういったことは、もう何度もあった。

そのたびに、自覚しろと言われ続けていたが今になってやっとその意味がわかる。
あげくの果てには、翔まで巻き込んでしまっていたかも知れない。


「すでに巻き込んでるよね。」


そう思った華の口から再び大きな息がもれた。

黄昏に包まれる森の中は、どこか幻想的で嫌なことも振り払ってくれるかのように美しい。
華は、横たわったまま、

「どうして私が預言の姫なの?」

と、誰にむかってでもなく問いかけた。

いくら神が現れそうな雰囲気であっても、その問いに答えてくれる者などいない。
預言をした幾姫(イクツヒメ)でさえ、実際にその姿を見たものはいないのだ。

そこでハッと何かに気付いたように華は起き上がる。

ガサッという葉の音に華が起きたことを感じとった翔と燕が、少し申し訳なさそうな顔をしながら華に近づいた。


「ごめんね、華。大丈夫?」

「華様、どこか具合が悪い所はございませんか?」


その声が、あまりにも元気がなくて泣きそうになる。


「平気よ。翔と燕が助けてくれたから、もう大丈夫。
心配かけて、ごめんね。
守ってくれて、ありがとう。」


華は、つとめて笑顔を作るが、二人の顔は沈んだままで、視線もどこか合わせようとしない。
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