操花の花嫁
□一巻 預言の姫
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一巻 預言の姫
<其ノ一 開かれる宿命>
長い冬も明け、新緑の若葉が芽吹く頃。
17度目の春を迎えた少女は、太陽が真上にのぞむ澄みきった大空を眺めながら「ほっ」と不安げに息をもらした。
まだ少し肌寒さが残り、ホホを撫でる風に思わず体を抱きしめる。
パサッと軽い音と共に、肩を柔らかな布がおおい、心地よい重さと温もりを与えてくれた。
「華(ハナ)様。風邪を召されますよ。」
優しくかけられた声に振り返れば、どちらが風邪をひくかわからないと口を開きたくなるほど薄着な青年が、心配そうに肩をすくめる。
「保(タモツ)さんの容態は?」
華と呼ばれた少女がそう尋ねれば、青年は優しさと心配さが入り交じった瞳を向けたまま静かに首を横にふった。
「そう。」
見るからに落ち込んだ声を出してうつむく華の黒く長い髪が、サラサラと流れる。
「華に落ち込んだ顔、させてんじゃないわよ。」
いつの間にそこにいたのか、華の背後で少し呆れたような少女の声がし、青年はピクリとまゆを持ち上げた。
「翔(カケル)は、すぐ怒るんだから。ねっ、華?」
「えっ?」
うつむいていた華が顔をあげると、そこにはいつもの優しげな表情をした青年の顔しかなく、華は不思議そうに首をかしげる。
後ろの少女は、髪を揺らして首をかしげた華に困ったような顔をした。
「ううん。何でもない。」
華の髪を軽く結い上げながら、少女は少し寂しげな瞳をして首を横にふる。
「保様が呼んでらっしゃるわよ?」
本当は、翔が呼びに行ったはずなんだけど……と少女がイタズラに付け足せば、青年は再びピクリと眉をしかめた。
「ありがとう、燕(ツバメ)。」
華が力なく微笑んでお礼を言うと、燕と呼ばれたその少女は、髪が仕上がった合図を踏まえて、ポンポンと優しく華の頭を撫でた。
草薙 華(クサナギ ハナ)。
幾姫(イクツヒメ)の預言通りに誕生した草薙の姫とは、まさしく彼女のことだった。
その彼女の言う"保さん"とは、まぎれもなくあの戦禍の中、華を連れ出した鷲尾 保(ワシオ タモツ)その人である。
華は、本当の親を知らない。
毎日のように、草薙一族の話や姫であることを教えられてもこの国には、もうすでに束ねる民はおろか、守る里すらも存在してはいなかった。
"人ならざる者"がこぞって始めた戦争の火種は、またたく間に全国へと広がっていった。
それは人間をも巻き込み、正しく時代は"戦国の世"と言える。