操花の花嫁《参》
□一巻 紅葉の舞う頃
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≪一巻 紅葉の舞う頃≫
其ノ一 束の間の平穏
夏の暑さもいつしか落ち着き、肌をなでる風が冷たく感じ始めた季節の頃。
深緑にその身を生い茂らせていた木々たちも、赤や黄といった様々な衣装に着替え始めていた。
季節は秋。
つい先日までは、セミの合唱に苛立ちを募らせていた暑苦しさも、今ではすっかり鈴虫の鳴き声に癒されている。
「秋の夕暮は、実に美しいものなのだな。」
感慨深い穏やかな声は、色素の薄い金色の髪を一際濃い黄金色に変え、青い瞳を赤く揺らしながらそっとつぶやいた。その声に導かれるようにして顔を上げてみれば、本当に美しい茜空がどこまでも遠くまで広がっている。
そうした秋の過ごしやすさの中、白熱の声が響き渡ったのはちょうどその時だった。
「穿種(センシュ)!!」
黒い髪をした男が、空中へと高く飛ぶなり、地面でかまえる一人の少女に向かって小さな黒い種の弾丸を無数に放つ。
「守絡葉包(シュラクヨウホウ)!!」
一般的に広く知られる花の種も草木の力を自在に操る草薙一族にとっては単なる凶器。
地面にめり込むようにして降り注いでくる種の雨が、四方八方から猛攻撃をかけるようにして撃墜(ゲキツイ)してくる中、攻撃された少女は無数のツルをうねらすことでその軌道をわずかにそらせようとした。
だが、遅い。
「穿種連動術。蛇走捕縛(ジャソウホバク)。」
「ッ!?」
地面に埋もれたはずの植物の種が、男の声に反応して少女をとらえる蛇となって襲い掛かってくる。
「つ…土壁(ツチカベ)!!」
牙をむいた植物の大蛇から逃れようと、息をのんだ少女が念じたのは、足元の土を壁のように盛り上げて自身の盾を作る技だった。
その巨大な壁は、いまだ降り続く無数の弾丸をうまく弾き返し、地を這うツタの進行をさまたげてくれる。
が、やはり甘い。
「キャアァァッ!?」
植物の種の中にまぎれて飛び込んできた男の蹴りに、少女の作り出す土の壁は、いとも簡単に崩れ去った。
「それまでのようだな。」
茜空へとその顔を向けていたはずの金髪の男が、少女を組み敷く形で勝利を得た黒髪の男に向かって戦闘終了の合図を送る。
それと同時に、緊迫した空気は、ほっとどこかに消え去っていく。
「華(ハナ)様、どこかお怪我はございませんか?」
夕日をその背中に背負いながら、ニコリと微笑む男の姿に、組み敷かれたままの華はうまく笑い返せなかった。
ケガなんか、するはずがない。
けれど、手を抜かれて負けたわけでもない。
相手は、華の実力をわかったうえで、さらにそれを上回る実力を向けてきたのだ。
赤子の手をひねるかのように……とまではいかないが、あきらかに差のついている圧倒的な実力は、手合わせをした華だからこそよくわかる。
「……大丈夫。」
よくわかるからこそ、笑顔のまま引き起こしてくれた青年に、華はふてくされた顔を向けることしか出来なかった。
わずかにほほを膨らませ、悔しそうに視線をうつむかせる。それがせめてもの反攻だといわんばかりに、華はゆっくりと腰をあげた。
それなのに、この目の前の男は心底嬉しそうな笑顔のままでいるのだから、華のむかつきは収まらない。くわえて、ひとつに結(ユ)わえていたはずの長い黒髪を乱した華に対して、彼は息ひとつ乱してはいなかった。
「それはよかったです。もし万が一、華様のお体を傷つけてしまうようなことがあれば、自害せねばならぬところでした。」
「………。」
「あぁ、おぐしが乱れてしまいましたね。少々お持ちください、いま、整えます。」
幼少期、それも思い出せる限り一番古い時から傍で仕えている男の行為は、お互いが成長し、主君である華を手加減なしで打ち負かすようになっても、その態度が変わらない。
いや、むしろ成長したからこそ、わざと華の恰好を乱しているとしか思えなかった。
「髪を整えるくらい、翔(カケル)にやってもらわなくても自分で出来るってば。」
「なりません。これは、華様をお守りするものとして当然のことなのですから、大人しく自分にまかせてください。」
「でも…───」
「華様は負けたのですから、勝った者の言うことは聞くべきですよ。」
「───…ぅ……。」
翔が世話焼きなのは、別に今に始まったことじゃない。
どちらかと言えば、つい最近まで箸よりも重たいものを持ったことがないとさえ表現できる華のほうに問題があるといえた。