生命師-The Hearter-
□第5章 動き始めた世界
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原因はわかっている。
お互いに、大人になりきれないだけだ。
「この俺様を可愛いって言うんじゃねぇよ!!」
「いったぁい!先に貧乳って言ったのは、ギムルじゃないの!」
「はっ?俺は、乳が足・り・な・いっつっただけですよーだ!自分で貧乳って認めてりゃ、世話ねぇな!」
「なんですって!?」
ギムルに真下から頭突きをされたところで、痛くもかゆくもないのだが、アゴに直撃したフワフワな白い頭頂部が、むかついたのだから仕方ない。
人がせっかく大人しくしていれば……と、そこは枕投げの戦場と化していく。
「おーい。ふたりとボッ!?」
あまりの騒がしさに、ナタリーが起きたことを確認しに来たらしいテトラの顔面に枕が直撃した。
言わずと知れた沈黙が痛い。
「お〜まぁ〜え〜らぁ……」
顔面をとらえた枕が床に落ちる音をきいたテトラの眉間が、ピクピクと痙攣を起こしていく。
「「え〜…っと……」」
「2人ともそこに正座!!」
「「えぇぇぇ〜〜。」」
「えーじゃねぇよ!物は投げない!人にぶつけたら、謝るのが基本だろ!?」
言われる前に正座の体制をとっていたナタリーとギムルは、怒るテトラに、ふたりそろってうんざりした顔をむけた。
説教臭いテトラの話しは長い。
それを知っているだけに、ナタリーとギムルは、そろってあきらめの息を吐きだす。
「はぁい。そこまで。」
「「オルフェ!!」」
テトラの小言を阻止する声をかけてきたオルフェに、ナタリーとギムルの顔が救世主をみたとばかりに輝いた。
「……はぁ…」
腰に手を当てたばかりのテトラが、怒声のかわりに盛大なため息をこぼす。
あからさまに表情にされると、怒る気も失せたようだった。
「起きたんなら、早く支度しちゃってよ。モニカさんが朝食用意してくれてるんだからさ。」
「……モニカさん?」
「やだな。ナタリーったら、まだ寝ぼけてるの?
一夜の宿を与えてくれた恩人の名前くらい、ちゃんと覚えておきなよ。」
テトラの説教をまぬがれたかわりに、オルフェの苦笑が飛んできた。
そこでナタリーは、思い出す。
生ける屍と呼ばれるハーティエストの群れを浄化したさいに消費した精神力が底をつき、ナタリーは真夜中の町中で地面に倒れ込んだ。
しかし運よく、近くの家の住民が自宅で休むように招いてくれたおかげで、ナタリーたちは野宿をせずにすんだのだった。
「モニカばーさんも心配してくれてたぞ。」
テトラもいうように、それがモニカという独り暮らしをしているらしい老婆……だったと思う。ナタリーは、すぐに意識を失い、死んだように眠ってしまったのだからよく顔が思い出せなかった。
そんなナタリーをみたテトラが、しょうがないなと顔をやわらげる。
「俺もナタリーが、急に倒れたから焦ったけど……どうやら、大丈夫みたいだな。」
「テトラ……ゴメンね。」
「いいって、気にすんなよ。」
笑顔をみせてくれたテトラに笑顔をかえしながら、ギムルを抱き締めたナタリーはベッドから身体をおろした。
「オルフェもありがとう。」
もう一人の介抱者にも笑顔を向けたナタリーは、そのままドア付近で待つオルフェのもとに歩いていく。
「いいよ。強制浄化を二回も連続でさせちゃったんだし、お互い様でしょ。」
「そういってもらえると助かるかも。」
予想以上の精神力が必要だったと、ナタリーは苦笑した。
うわさには聞いていたが、それなりの体力と精神力を消耗する強制浄化は、思った以上に大変な作業だった。
「生ける屍とよばれるハーティエストが、どうして今もこれだけ多く残っているのか、よくわかった気がする。あれだけ複雑な紋章なのに、召喚は詠唱だけでいいいでしょ?……それなのに浄化は、逆さ模様を描きながら詠唱しなくちゃならないなんて……覚えさせられなきゃ、覚えないわよ。」
「バカだからな。」
「……ギムルには言われたくない。」
腕に抱えたウサギの頭を軽く叩いてから、ナタリーはオルフェたちとともに、モニカのもとへむかう。