操花の花嫁 弐
□終巻 桃幻花
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天羅の先に、翔たちの閉じ込められた結晶柱があるのに、いっこうに近付けない。
「はぁ…ッ…ゴホッ……」
血の味がした。
「みんな…ッ…待ってて……」
五本のそれは、異様なほどに美しく、淡い光をまといながら存在している。
中に埋まる彼らの安否が気がかりだが、そちらに気をとられている場合ではなかった。
「もぅッ!!」
終わらない戦いの連続に、苛立ちがます。
この場所からでも、多分壊せないことはない。
しかし、それには時間と集中できる環境が必要だった。
戦ったまま助ける。
それが出来れば苦労しない。
「──…砕牙(サイガ)ッ!!」
何度も試してみたが、やはり天羅が手に持つ彗紋の剣は砕けなかった。
「あれがなくなれば…もう少し…楽になるのに……」
凪ぎ払うだけで、氷層が空気を裂く。
夏の蒸し暑さなど関係ないかのように、冷気が身体をかすめていった。
「………はぁ…ッ!?」
休ませてもらえない。
それが、天羅の焦りを示していた。
「なかなかやるではないか……最弱だと思って、われが使わなかった草の力がこうまでとは…ッ…少々、甘く見ていた。」
苦しそうに吐き出される言葉とは裏腹に、天羅の顔は嬉しそうに歪(ユガ)む。
「石の力…われを壊す力を消し去っておかなければ……だが、朱禅と共に帰ってきた。この力を使えば造作もないこと。」
「──ッ!……桃幻花ッ!」
天をあおぐように片手をあげた天羅の手の中に、小さな石が姿をあらわす。
それは、周囲一体に点在する桃幻花とは比にならないほどに小さく……そして強大な力を秘めていた。
憎しみのような負の感情に背筋が凍る。
美しい色を輝かせる不思議な蕾(ツボミ)は、朱禅が持っていたものと同じものだった。
「われ、桃幻花と朱禅はその昔、互いの利害の不一致により、その身、その心が入れかわった。
われは、朱禅の望んだ力を持った自由な身体を手に入れたが、本来の力を失った。
逆を申せば、朱禅は人間どもの欲を叶える使命を背負ったということになる。」
「──…ッ!?」
見えない圧力にも似た暴風に、華の身体が押される。
天に渦巻き始めた黒い雲に、いい予感はしない。
思わずゴクリとノドがなった。
「朱禅は、願いを聞き続けた。愛しき者に封印された悲しみと苦しみは、日を追うごとに憎しみに変わり……やがて、自身と同じ憎しみの心をかき集めていく。」
「………。」
「聞こえるか?魂の叫び声が…暗く、冷たい…孤独の怒りが…───」
「───ッ!?」
一瞬にして取り囲まれる。
今まで姿をくらませていた無数の影の軍隊が、夜の闇から這い出るようにして、ひしめき、うごめいている。
まるで、闇の中にいるようだった。
見渡す限り黒い人垣で、大小様々な顔のない人間たちは、攻撃の合図を待つかのように息をひそめている。
殺気を含んだ沈黙が、痛い。
「十七年にも及ぶそなたらの戦は、実によい狩り場であった。」
闇の王は、その手にかかげた光の源を華の方へさしだした。
「憎しみは憎しみを呼び、消化しきれない悲しみは、怒りに変わる。
人間は、面白い生き物だ。
浅はかで、愚か……ゆえに、願いを乞う。」
その光が見せたのは、戦争の泣き声。