操花の花嫁 弐
□四巻 あらがえぬ宿命
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ちらりと自分に視線を向けられたことに気付いたのか、遥がわずかに顔をしかめる。
それには気付かないふりをして、華は再び光輝の顔を見つめた。
「夕刻までに戻らなかったら……。」
封具を持ちかえってくると決めた時刻までに、"もし"悠と氷河がもどってこなかったとしても、華は行かなければならない。
そんな気がしていた。
たしかに光輝の言うとおり、今回のことが幾姫(イクツヒメ)のもたらした預言とは関係ないかもしれない。
が、全くの無関係とも思えなかった。
実際、空に大輪の花が咲くとされる祭りの夜は明日にせまり、封印の王といわれる天羅がその姿を見せている。
たとえ預言に無関係だったとしても、あの危険で強大な力の持ち主をこのまま放っておくわけにはいかなかった。
「先に言っておくが、自分の身を自分で守れないやつはただの足手まといにしかならん。」
「──…っ……」
光輝の言葉に、あらためて身の引き締まる思いがした。
力が戻らない現状は華と"普通の人間"に大差をつけず、忍びの力を持つ彼らでさえ手をこまねくほどの相手を前に無力だということは目に見えている。
「それでも…──」
華は、迷いのない声でそれに答えた。
「──…私、行きます。」
和歌という女性が、どういう風に朱禅や天羅と関わりを持っているのか詳しいことはよくわからない。
自分が和歌と似ているといわれても、いまいち実感が持てないが他人事のように思えないのは事実だった。
「力は、まだ戻ってはいませんけど……
私も草薙の血をひくものです。足手まといにはなりません。」
正確には、足手まといになんてなりたくない。
でも、出来る限りの努力でついていこうと決めた。
「忍びとして、戦います。」
それが身体に流れる血なのだろうか、不思議と恐怖の感情は湧いてこない。そればかりか、わくわくするといった感情の方が大きかった。
「ほんで? 華ちゃん。」
きっぱりと背筋を伸ばした華の姿を確認した遥が、ふと尋ねてくる。
光輝から遥に顔をむけた華は、素直に聞くそぶりを見せた。
「多恵ちゃんは連れていかれへんけど、朱禅くんはどないすんの?」
自分も行くと、名乗りを上げそうな多恵を最初に否定しておくのが遥らしい。
多恵は連れていけないが、朱禅は連れていくべきだと安易に示されているだけに、華は首を横に振った。
「連れていけるわけ、ないじゃないですか。」
仮にも、病人である朱禅を連れていくことなんてできない。
華がそう答えることが予想済みだったのか、遥は深いため息でそれを否定した。
「このまま置いとくんも無理やで?」
「………。」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
いつかは、ここから出ていってもらわなくてはならない。
それならば、朱禅が危険視している天羅との戦いの場に彼を連れ出して決着をつけさせようというのが遥の言い分だった。
理解は出来る。
それに、華には朱禅をこのまま引きとめておく理由が思い当たらなかった。
「まぁ、時間はまだある。」
光輝の無言の制止を感じ取ったのか、遥がそっと視線を外した。
知らずに華の肩からも力がぬける。
「夕刻までに答えを出せばいい。」
光輝はそう言ってくれたが、華の答えは変わりそうになかった。
短い付き合いではないだけに二人ともそれをわかっているのだろう、なんとも言えない雰囲気が部屋に沈黙を落とす。
「ゴメンな。」
小さく謝った遥に驚いて、華は顔をむけた。