操花の花嫁 弐
□一巻 新たなる預言
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「預言どころじゃないよぉ。」
ため息を吐きながら、しゃがみこんだ華の前には、小さな墓石があった。
忌まわしいツルは、その姿を消し、いまは穏やかにその場所で眠っている。
「全然、気付かなかった……。」
気づいていない時は、何の違和感も感じていなかったのに、気づいてしまうとそういうわけにもいかない。
自分の体が、誰か別の人のもののようだった。
「あっそっか……だから、光輝さんが……。」
今朝早く、珍しく言葉を濁した光輝の姿を思い出す。
言葉少ない光輝は、その分慎重で行動派でもある。心配して見に来てくれたのだろう。
「ってことは、遥さんと氷河さんもか……。」
遥に関しては毎朝やってくるから真意はどうか定かではないが、偶然通りがかるにしては氷河の出現時刻はぴったりだった。
「悠さんと翔は、私が言いだすまで何も聞いてこないしね。」
苦笑の息しかもらすことが出来ない。
食事時に、みょうにまとわりついていた視線の意味がいまならわかるような気がした。
「あーもぉ……てっきり、多恵ちゃんがいなくても大丈夫か心配してるってくらいにしか思ってなかったのに……。」
まさか、力がなくなっているとは思ってもみなかった。
見た目にも変化がなければ、体調もいつもとなんらかわりはない。
「でも、どうしてかな?」
しゃがみこんだまま、華は自身の両手を広げてみた。
「昨日までは、なんともなかった。
………はず。」
そう、よくわからない。
普段から、極力"人間"のように暮らしてきた。
「あまりにも使わなさすぎて、忘れちゃったのかなぁ?」
手のひらを握ったり開いたりしながら、華は首をかしげる。
念じてみても、力の波動はやはり感じ取ることが出来なかった。
「まぁ、使えなくなったからって困ることはないんだけど……。」
日常生活で、そうそう力が必要になることはない。
草薙の力が普段の生活の中で必要になるときは、そのほとんどがケガや風邪の類のときだ。
それには、翔がいれば十分だった。
というか、何も言わなくても翔がやってくれる。
「変なの……草薙の力なんていらないって思った時もあるくらいなのに、実際使えなくなっちゃうと落ち込んでる自分がいる……変だよね、燕(ツバメ)。」
しゃがみこんだ目線の先の墓石に刻まれているのは、土井 燕。
今は亡き、幼馴染にして姉のようだった親友の名を呼ぶ。
「燕、どうしよう……。」
答えるはずのない石に向かって、華は語りかけていた。
"何、暗い顔してんのよっ。"
そう言って背中をたたいてくれるようで、いつものように笑い飛ばしてくれるようで、よくここに来る。
いつでもそこに燕がいるような気がして、心が落ち着いた。
「なんだか、妙な胸騒ぎがするの。」
ざわざわと、心が妙に落ち着かない。
こんなことは、みんなと暮らし始めてからは初めてで、とても怖かった。
「何も起こらないよね?」
そう願わずにはいられない。
彼らがそろって見たという幾姫の預言が、何を示しているのかわからなかったし、直接見ていない華にとって預言の実感は薄かった。
「とりあえず、みんな心配してるだろうから、そろそろ帰るね。」
なんとか笑顔が出せるまでに回復した華が、そういって立ちあがろうとした時だった。
華の目の前に小さな種が転がる。
「……えっ?」
不思議に思って拾い上げてみると、それは前に多恵の命をかばって粉砕したものと同じものだった。
「操花の種?」
それ以外に思い当たらない。
「いま落ちてきたのかな?」