生命師-The Hearter-
□第6章 命の聖地エルトナ
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《第2話 ウィザード始動》
シオンがロベリアとともに向かった聖地に、プロメリア王国に入国したばかりのイシスたちも進路を変える中、ライト帝国では少し異様な様相を見せ始めていた。
空は灰色。
湿った空気が肌にまとわりつくようなイヤな天気の下で、それは港町ホンプレコに到着する。
「待っておったぞ!!グスター!!」
顔に大きな傷跡を持つメネスの横で、ボールのように身体を跳ねさせながらパードゥン公が明るい声を張り上げた。
「そうはしゃぐことではない。つい3日ほど前に会ったばかりだ。」
「そういうな、グスター。つれないではないか。わしは、今か今かとグスターの到着を待ち望んでおったのだぞ?」
バシバシとグスターの背中を叩きながら、まるで自国のように、パードゥン公は、ライト帝国最南端の港町にヴェナハイム王国の王を迎え入れる。
しかし次の瞬間、パードゥン公は、ドンッとグスターを脇に押しのけた。
「おぉぉおぉ!!これが世に名高いヴェナハイムの生きる兵器……いやはや、グスター。3日前に見たときよりも圧巻ではないか!!」
海を渡る巨大な軍艦から、隊をなして降りてくる兵器の行進に、パードゥン公の目が大きく見開かれていく。
港町の住民たちが、いったい何事かと怯えながら遠巻きに見つめる中で、パードゥン公は子供のように目を輝かせていた。
うんざりしたようなグスターの息がその場にこぼれ落ちるが、なんのその。
パードゥン公は、両手のこぶしを握り締めながら立ち震えている。
「アメリア皇后…いや、いまは女帝となったアメリアの命令で、ライト帝国のハーティエストも徐々に集められておるのだ!!これで……これで、全世界のハーティエストがわしらのものになるのだな!!」
「プロメリア王国をお忘れではないですかな?」
「よせ、メネス。わしは知っておるぞ。プロメリアのハーティエストは、ロッキングストリートにおるのがほとんどだということをな。ウィザードの働きで、プロメリア王国は崩壊寸前にまで追い込まれておる。あんなつぶれかけた国は、もはや敵ではないわ。」
「では、メルカトル王国はどうお考えで?」
「それこそ愚問ではないか。機械まみれのメルカトル王国が、ハーティエストを欲しがるわけがない。反発されたところで、所詮は機械。生きている死の軍隊たちにかかれば、一夜でわしらの支配下におけるというものだ。」
高笑いをするパードゥン公の意識が再び海に浮かぶ軍艦たちに向いたところで、メネスは無言のまま王都ラティスの方角を見つめるグスターに肩を並べてみせた。
「やはり、ご友人の死を悲しまれているので?」
横目で挑戦的な視線を送ってくるメネスに、グスターはハッと嘲笑の息を吹きかける。
「俺に、そんな暇はない。」
たった一言。
短くそう吐き捨てたグスターは、メネスの視線を感じながら身体の向きをパードゥンの方へ戻した。
天気がよかったなら、軍艦の浮かぶ水平線の先に、うっすらと自国のあるレーヴェ大陸が見えただろう。しかし、今日はあいにくの曇り空。混沌とした世界の現状を示すかのように、不安定にぼやけている。
「あ〜あ〜。カーラーもグスターもこっちに住んでたらなぁ。」
ふと、グスターの耳に、いつだったか、遠い昔にこの港から送り出してくれた時のアズールの声が聞こえてきた。
「そう言いながらも、早く帰って欲しそうな雰囲気が誤魔化しきれてないぞ。な、グスター?」
「ちょっと!!カーラー!?」
「アハハ。今日はアズールがプロポーズ成功のお祝いってことで、お忍びで来ただけだから、すぐに帰らないと。」
「とか、なんとか言って、カーラーもカナリアが恋しくなっちゃったんだろ?グスターだって、シアとアランを抱きしめたいに決まってるんだー。」
あれはもう、今から18年も前のこと。
あの日の空は、見渡すほどに真っ青で、今よりもはるかに若い3人が笑顔を浮かべて笑い声をこぼしている。
「ああ、アズール。間違っていない。」
グスターが不敵にほほ笑んで見せると、アズールとカーラーは、また声をそろえて笑い声をあげた。
「またノロケ〜。もぉ、今日は僕とアイリスのお祝いでしょ!?いっつもグスターが、そうやってシアとアランの話しに変えちゃうんだよ。」
「残念だな。今日もその展開だ。」
「またかい?アズールはまだいいさ。わたしなんて、毎日毎日、それこそカナリアに怒られるくらいグスターののろけ話を聞かされているんだから勘弁してくれよ。」
憎まれ口にも愛情がある。
生まれた国も大陸も違えど、年が同じ。王子として幼少から何度も顔を合わせていた彼らは、いわずとしれた仲良し3人組だった。