ソレが無いのは致命的!
□続:04
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あれから数日が過ぎた。
最初のうちは、御剣からの連絡やら訪問やら、頻繁にあるんじゃないかとビクビクしていたんだけど。
そんな僕の危惧に対して、だけど実際は全くと言っていいほど、普段通りの日常が続いて。
必要以上にビビッてた自分が、まるで馬鹿みたいに思えるぐらい、いっそ清々しいほど何もなかった。
そりゃそうだよな、だって御剣って男は検事局きっての天才とか言われてて。
誰よりも難しい案件に日々取り組んでいるわけだし、『コイビト』ができたからって、単純に浮かれていられるわけもない。
ちょっと考えればそんなこと、すぐにわかりそうなものなのに。
僕は余程テンパっていたんだと自覚できて、何とも言えない悔しさを覚えた。
警戒していた電話やメール攻撃も、いつも通りというか、どちらかというと素っ気なくなったんじゃないか、なんて思えるぐらいで。
世間一般的な『恋人』の定義ってヤツを、改めて確認したくなった。
そんな平穏な日々は、だけど僕にとっては何だかかえって不気味に感じられて。
これって嵐の前の静けさってやつなんじゃないの、とか思う。
そして結局、そんな考えに囚われて悶々としている時点で、僕にとって穏やかな日常なんてものは、遠く儚いものだった。
そうこうしているうちに、今度は僕の方に依頼が舞い込んで。
これがまた厄介な案件だったものだから、悠長に考え込んでいられる状況ではなくなってしまった。
とにかく必死に無罪を勝ち取るために、証拠品を揃えて、現場確認して、書類を提出して。
その合間に、御剣からは一度『仕事が落ち着いたので会えないか』といった連絡があったけど、ぶっちゃけその時は本気でギリギリ崖っぷちだったから。
即答で「ごめん無理! 落ち着いたら連絡するからホントごめんッ」と返したっきり、気がつけば一週間以上も過ぎてしまっていた。
油断していたわけじゃない。
ない、と言い張りたい。
だけど、裁判所で久しぶりに顔を合わせてみたら、何だかすごく疲れているように、見えて。
思わず僕は自分から、近寄ってしまっていた。
距離が縮むにつれて、顔色は悪いし、目の下にはクッキリ濃いクマが見えて。
眉間のヒビは相変わらずどころか、ますます深くなって酷く辛そうな様子が伝わるから、余計に心配になる。
「御剣、久しぶり。ていうかお前、だい…!?」
大丈夫か? って聞きたかったのに。
言い終わる前に何故だろう、腕をガシッと掴まれた。
「ちょ、え、なに、ちょっと御剣?!」
驚く僕を尻目に、そのままあれよあれよと力強く引っ張られ。
気がつけば、使用されていない控え室に押し込まれた、と思ったら。
そのままギュッと、真正面から問答無用で、抱き締められた。
途端に鼻腔に迫る御剣の香りと、密着した体から伝わる熱とで、こっちはプチパニックだってのに。
この肩口に顔を埋めたその口から、「……はぁ」なんて。
珍しいっていうより、むしろ初めて耳にするような、弱々しい吐息が漏れたもんだから。
僕は硬直しつつも思わず、宥めるように、労わるようにその肩に手を回してしまった。
ええと、アレだ。
これってもしかして、ひょっとしてひょっとしなくても、……甘えられてたり、してるのか?
そこまで考え至ったところで、くぐもった声が何よりも明快に答えをくれた。
「厄介な事件を抱えている。ロクに眠れていないのだ……少し、このままでいさせてくれ」
まるで猫が顔を擦りつけてくるみたいな仕草で、僕の肩と首の間に顔を埋めたまま、そんなことをボソボソと力なく言う。
そんな弱々しい言葉を聞かされたら、こんな場所で何するんだ、なんて冷たく突き放すこともできない。
それどころか、僕の胸には何とも言えないくすぐったさというか、ジワッと広がる温かいものが満ちてきた。
だって、こんな弱りきった声で甘えてくる御剣、なんてさ。
きっと、いや絶対、誰も見たことないだろ。
僕だけに見せてくれているんだろうなぁ、なんて思ったら。
ああ、もう本当に、この半端ない優越感をどうしよう。
「うん、それは、大変だな。……無理するなって言っても、仕事だもんな」
気がつけば、我ながらこの上もなく優しい声で、労わるようにその肩をポンと軽く叩いてた。
だってホラ、こんな弱った姿見せられたらさ、なんか全力で甘やかしたくなるじゃん。
そもそも僕にとってこいつは、大事な存在なんだから。
こんな行動とったら、もっと誤解されちゃうじゃないかとか、警告してくる僕も心の中には居るんだけど。
それでも、僕は御剣が困っているなら助けたいし、弱っているなら励ましたいと思ってしまう。
だけどモチロン、そんな僕の浅はかな言動は。
「成歩堂……もう少しエネルギーを補充したい」
「うん……は? んん…?!」
結局は、呆れるくらい簡単に。
御剣からキスされる事態ってやつを、引き起こすだけだった。